2018年04月17日

1000円をタネに360兆円を奪いとる〜スマートな農協の壊し方

協同組合は弱者の身を守るために産まれた

 一人では立場が弱い生産者の力を結集するのが労働組合、一人では弱い消費者の購入する力を結集するのが生活協同組合である(1p181)

 個々の農家はスーパー等の巨大資本を持つ買い手よりも弱く取引交渉では太刀打ちできない。また、農家同士で値下げ競争をする羽目に陥って農作物が買い叩かれてしまう。団結することで初めて買い手と対等な立場に立てるため独占禁止法は適用されない(2p65)

 協同組合は、資本主義の勃興期に大資本から弱小な人々を守るために誕生した。農協の場合、ドイツで弱い立場の農家の資金繰りを改善するために誕生した。

Friedrich-Wilhelm-Raiffeisen.jpg 19世紀ライン州では農民が没落し農村の荒廃が進んでいた。とりわけ、農民たちを苦しめていたのが「高利貸」であった。農民たちを酪農等の新事業に誘い、お金を貸し付け、返済ができなくなると容赦なく財産を取り上げることで私腹を肥やしていた(1p181)。これを憂えたフリードリヒ・ヴィルヘルム・ライファイゼン(18181888)は、教会の教区毎に貯蓄組合を創設し、組合から低利融資を行うことで高利貸し依存を断ち切ろうとした。「市場原理」ではなく「相互扶助」で豊かな生活を目指すライファイゼン型農村信用組合は、ドイツ全土に普及し、穀物の販売や肥料の共同購入などを目的とした共同組合も作られていく(1p182)

 歴史的に見れば、個々の農家が大きな買い手と個別することで買いたたかれ、大きな売り手と個別取引することで資材価格がつりあげられ、苦しんだ。そこから、取引のための交渉力を対等にするための拮抗力として誕生したのが共同組合なのである(3p85)

 事実、共同販売ができなくなれば、現在ですら買い叩かれている農産物はさらに買い叩かれる。イギリスの生乳生産者組織「ミルク・マーケティング・ボード」が解体されて独占禁止法が適用された結果、大企業や大手小売業に買い叩かれ、乳価は市場最低価格に暴落した(2p65)

協同組合を攻撃する

 したがって、農協による共同販売や共同購入は独占禁止法の適用除外でカルテルには相当しないというのが国際的に認められている(3p85,4p88)。しかし、農業競争力強化支援法は、資材や流通産業の事業再編等だけに矮小化されていて、かつ、販売価格の向上と資材価格の引き下げを目指すとしながらも、農業者による共同販売や共同購入に対して否定的で(3p84)、それをなし崩しとし、協同組合の存立要件を否定する内容となっている(3p85)

 さらに、農協の共販に対して公正取引委員会が、見せしめともとれる査察を行い、独占法の適用除外をなし崩し的に無効化するというゆゆしき事態が進んでいる(3p85,4p88)

 JA全農の株式会社化は協働を否定して競争を促すためのものである(2p65)。全農は農薬、肥料等の市場でも大きなシェアを占めている。このため、企業は全農に独占禁止法を適用してそのシェアを奪うことを狙っている(2p66)

JA全中の解体

 安部総理は「中央会には脇役に徹していただきたい」と発言し(5p70)、全中の改革は各JAの自立を促すためだと言われているがそれは表向きであって、本当の狙いはTPPに反対する抵抗勢力である農協をつぶすことにある。JA全中という司令塔を解体すればグループの結束力がなくなり、組織的抵抗ができなくなっていく(2p65,5p70)。事実、JA全中は指導・監督権限を失い、一般社団法人化することとなった。農協法上の存在根拠ももぎ取られ、JAグループ外に置かれた(5p70)。このため、全中は地域農協に対して単なる相談相手のような存在にされてしまった(6p79)

准組合員が農協の経営を支えている

 政府はJA全中の指導・監査の撤廃か、純組合員の利用制限かどちらかを選べと二者択一を迫った(2p67)。このため、2015年2月9日にJA全中は改革案を受け入れた(6p75)。准組合制度とは出資金をわずか1000円支払えば農業者でなくても准組合員になることができる制度である(1p191,6p77)。この利用制限程度のことがなぜ農協が逆らえないほど厳しいものであったのかは農協の仕組みを理解する必要がある。

 農協の事業は、経済事業、信用事業、共済事業の三本からなる。なぜ、経済事業だけでなく、信用や共済といった金融サービス業にも農協が携わっているのは、一般的に農協の仕事として知られる経済事業だけでは赤字になってしまうからである(1p186)。例えば、2014年度では肥料、農薬、配合飼料等の生産資材の販売は1349億円の赤字であったし、Aコープ等の生活関連部門も207億円の赤字であった。しかし、経済事業は赤字になってよい。もし、農協が経済事業で黒字にしたければ、農家に対しては、生産したものをできるだけ安く買い叩き、消費者に対してはできるだけ高く売りつければよい。しかし、農協は株式会社のように利益最大化を目的とはしていない。適切な価格で農産物を買い取り適正な価格で消費者にも売ることを目指している。とはいえ、すべての事業が赤字では経営が維持できない。そこで、経済事業の赤字をカバーするため、金融事業で補填している(1p187)。こうした考え方を「総合農協」と呼ぶ。そして、金融サービスを正組合員だけ提供するのでは黒字幅が小さくなりすぎる。このため、准組合員として農家以外の市民の加盟も認め金融サービスを提供してきた(1p188)。2014年度に農協全体では信用事業が2712億円、共済事業が1430億円の黒字で、経済事業の損失を補填できていたのはそのためなのである(1p187,1p198)

 さらに、地方によっては生活圏内に銀行やスーパーがなく農協しかない地域もある(2p67)。こうした地域では、農協が経済だけでなく、金融、保険、そして、厚生まで手がける総合事業を展開しなければ農村が成り立たない(2p69)。このため、准組合員は516万人おり、正組合員467万人よりも多い(2p67,6p77)。この結果、JAバンクの貯金は91兆5000億円(平成26年3月)、JA共済の総資産は約50兆円(保有契約高は平成25年度で289兆円)となっている(2p67,6p76)

農業改革に関する意見書

 JAバンク、JA共済の分割・株式会社化は、在日米商工会議所が毎年要求し、今回の農協改革案を作った政府の規制改革会議も主張してきたものである(5p72)

 2014年5月、在日日米商工会議所は、「JAグループは日本の農業を強化し日本の農業を強化し、かつ、日本の経済成長に資する形で組織改革を行うべき」を公表する(1p189)。注目すべきは、この意見書をまとめたのが、「保険委員会」と「銀行・金融・キャピタルマーケット委員会」であることである。彼らの狙いがJAバンクとJA共済にあることは明白である(6p76)。もちろん、これだけでは内政干渉である。しかし、2014514日に直ちに日本の規制改革会議の農業ワーキンググループは「農業改革に関する意見」を公表する(1p192)。その内容は「准組合員の事業利用は正組合員の事業利用の2分の1を超えてはならない」というものである。利用制限を設けて、准組合を追い出せば、JAバンクやJA共済の利用者は、銀行や保険会社に流れる(6p77)。この規制改革会議の提言に対して在日米商工会議所は「農協法の改正を歓迎し、1954年に制定されて以降、初めて大規模な農協改革を実行したことを高く評価している」と褒めている(1p193)。そして、2014年6月24日には「規制改革実施計画」が閣議決定され、農業分野の規制改革の方針が示される(6p75)

 つまり、JAバンク、JA共済から准組合員を吐き出させて、自分たちの顧客として横取りしたい米国の金融・保険業界の動きがある(2p67)。実際、韓国では、日本と同様の総合事業を韓国農協中央会が展開していたが、米韓FTA締結とあわせ、分割・株式会社化され、他の保険会社の商品を売らされる有様で混乱を来している(5p72)

郵政民営化と同じやり方

 2003から2004年に竹中平蔵金融担当大臣が行ったのは、小口共済を潰すというやり方だったが、この時、多くの小口共済がAIU等の外資系保険会社に吸収された(6p77)。現在、郵政グループ「日本郵便」「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」の三つの子会社が「日本郵政」の下にぶら下がる形になっている。日本郵便は赤字だが、その赤字をゆうちょ銀行とかんぽ生命の黒字がカバーする構造になっている。実際、2016年では、ゆうちょ銀行は1560億円、かんぽ生命は931億円の代理業務手数料を親会社の日本郵政に支払っている(1p196)。ここで、確実に黒字であることがわかっているゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式が売却されれば、赤字が確実である日本郵便だけが残る。郵便がサービスを続けるためには、郵便料金をひきあげるか、郵便サービスのために税金を投入するしかない(1p197)。もし、日本郵便を維持するために税金を投入するとなれば、郵政省の復活であり、何のための民営化であったのか首をかしげたくなる。しかし、単体であれば黒字になることが確実なゆうちょ銀行やかんぽ生命によって利益をえるグローバリストがいる。JAグループに関しても同じ手が使われるはずである(1p198)。そして、また、農協の経済部門を支配下において、米国債が買わされるであろう(6p75)

株式会社の農地取得が問題なわけ

 2014年には経済成長フォーラムが『企業の農業参入促進のための提言―参入規制の緩和と製造業の生産手法導入を―』を発表した。提言は「農業を製造業としてとらえ、農業に製造業の生産手法を導入することである」と明記する。この提言をまとめたのは、農業ワーキンググループの座長、金丸恭文(1954年〜)氏、東京大学大学院の本間正義(1951年〜)教授、政策研究大学院の大田弘子(1954年〜)教授、ローソンの新浪剛史(1959年〜)社長、そして、元農水官僚でキャノングローバル戦略研究所の山下一仁(1955年〜)上席研究員である(6p80)

稼げる農業.jpg いま、「スマート農業」、「農業ロボット」「ICI農業」「農業4.0」等と題する書籍が続々と刊行されている。2017年5月に日経ビジネスから出版された『稼げる農業 AIと人材育成がここまで変える』の帯には小泉進次郎氏の写真とともに「これからは『農家』を育てるんじゃない。『農業経営者』を育てるのだ」というコピーが踊っている。本書を読めば「人材育成と先端技術を活用すれば、日本農業の未来はバラ色だ」という印象を受ける人も多い。しかし、効率一辺倒農業のゆきつく先は「農作物製造工場化」である。それは、農薬を大量に使用する大規模農業であり、テクノロジーによって支配される工業的農業であり、そこで利益を得るのは先端技術を持った大企業やIT企業、化学企業だけなのである(7p105)

 株式会社は儲からないものはやらない。都合のいい農地だけを選別する(6p77)。利益になるためと株式会社が農業に参入したとしても、実際に事業を展開してみて利潤があがらず赤字が拡大する一方であれば、撤退する。そして、耕作を止めた農地を不動産会社に転売するであろう。多用途に転用されてしまった農地を再び耕作することはできない(1p180)

 安部政権は農業の企業参入と並行して、農地転用の規制を緩和する地方分権一括法案、地方再生改正法案も閣議決定した。さらに、企業の農業生産法人に対する出資比率を25%から50%以上に緩和して企業の農地保有を実質的に解禁する戦略特区改正法案も閣議決定する方針だった。こちらは、農水省の反対で断念している。しかし、企業農業も外国の企業には勝てない。一時的に稼いでそれができなくなれば農地を転用するなり売却するであろう。すなわち、大企業が稼げる農業と大企業が稼げる不動産業の二段構えなのである(2p64)

農業は国防と欠かせない

 日本で農業が過剰保護されているというのは誤解である。日本では農業所得に占める政府の直接支払い割合は15.6%にすぎないが、米国は26.4%で、小麦では62.4%、コメは58.2%にも上る。フランス90.2%、イギリスは95.2%、スイスは94.5%となっている。こうした国では農業は自営業というよりも国家公務員といった方がよい位置づけとなっている(4p82)。スイスに至っては農業所得以上に補助金を費やしている。スイスの農家はまさに「公務員」といってよい(1p175)

 安部総理は成長産業や輸出だと述べ、農業をビジネス、農作物を商品とみなしている。しかし、世界的には、国家の在立基盤は軍事・エネルギー・食料であり、農業は安全保障、農作物は戦略物資だと考えられている(2p68)。しかし、国境が陸続きである西洋諸国では、農業は環境や国民を守るだけでなく、国境も守っている。国境に住み続けることが安全保障上も必要であり、農業者は防人のような役割も担っているとして、ほとんど公務員のような位置づけになっている(1p176,2p68)。日本でいえば明治時代の「屯田兵」のようなものだ。このため、ヨーロッパでは農家所得の9割以上が税金から支払われていることを認めているし、スイスでは2017924日に食料安全保障を「憲法」に明記するかどうかを問う国民投票が実施され、賛成多数で可決された(1p176)

官僚はなぜ変貌したのか

 農水省にもきちんとした考え方を持っていた人たちが大勢いたが、いまは中心から外されてしまった。経済効率だけを追求する規制改革推進会議の発想で農業の形を変えようとしている、とNPO法人めだかの学校の中村陽子理事長は嘆く(7p87)

 官僚が官邸の意向に逆らえなくなったのは、内閣人事局が設立され、霞が関の約600人の指定職、部長・審議官以上の人事をすべて統括することになったからである(8p93,9p97)。これ以降、官邸のいいなりの政治的官僚が跋扈するようになっている。篠原孝博士はこれを「政僚」と呼ぶ(9p98)

 2016年6月に農水省の事務次官に就任した奥原正明氏は「農業が産業化し、農水省が要らなくなることが理想だ」と公言している人物である(10p101)。こうした人物が次官に就任した背景にも官邸の意向がある。もともと次官ポストは、2012年9月から事務次官を務めていた皆川芳嗣氏が本川一善氏を後継指名したため、同期入省の奥原氏の次官の芽は消えたといわれていた。だが、2015年8月に就任後わずか10カ月で本川次官は退陣を余儀なくされる(2p102)。農協の共同販売・共同購入を破壊し、農産物を買いたたき、資材販売価格をつりあげて企業の利益とするため(4p88)、指定団体解体に反対する本川一善次官は更迭され、「酪農団体の廃止は無理だ」と抵抗した担当局長、担当課長も更迭された(4p89)。奥原次官は、林業と水産業も民間に開放しようとしている(2p102)。TPPや農政改革の旗手となった奥原正明氏が次官に抜擢されたように、政権の言うことを聞けば、事務次官になれるようになったのである(8p93)

 米国でも農務省は1892年にリンカーン大統領が設立した省庁であり、当時リンカーンは農務省のことを「人民省」と呼び、とりわけ、大切にしてきた。しかし、その後、米国では産業界の意向に沿って大きく変貌していったのである(10p102)。

編集後記

 2018040808S.jpgこうした文書をお読みになると、暗澹たる気分になってくるかもしれない。しかし、事実は事実だ。そして、現実は事実を知ることから始まる。

 冒頭で、19世紀にドイツの農民たちを苦しめていたのが「高利貸」であった。農民たちを酪農等の新事業に誘い、お金を貸し付け、返済ができなくなると容赦なく財産を取り上げることで私腹を肥やしていたと書いた。実は同じ19世紀に日本の農民も「高利貸」によって苦しめられていた。しかも、高利貸しと裁判所は贈収賄で癒着し、どうにもならない。もはや政府を打倒するしかないと農民たちは命を懸けた武装蜂起を決意する。1884(明治17)1031日〜119日にかけ、埼玉県秩父郡の農民たちが立ち上がった日本史上最大の武装蜂起事件である。当時、農民たちを救う協同組合はなかった。大野苗吉は「恐れながら天朝様に敵対するから加勢しろ」という言葉ともに立ち上がり、「甲」大隊の副隊長として各地の戦闘で勇敢に戦い、114日、児玉郡金屋での警官隊との戦闘で壮絶な戦死を遂げる。2018040812S.jpg四面楚歌に陥った困民軍は、群馬県山中谷をへて長野県南佐久まで転戦していくが、長野県南佐久郡小海町で119日に壊滅する。調べてみれば、今の小海高校のすぐ近くではないか。

20151105123310S.jpg そして、名匠・神山征二郎は、2004年に映画『草の乱』としてこれを映画化している。『草の乱』の主人公、主人公・井上伝蔵の家「丸井商店」は、記憶や現存する写真を頼りに間取りや大きさを忠実に再現して復元され、ロケ終了後「秩父事件資料館・井上伝蔵邸」として一般公開されているという。134年も前のことでありながら、妙にこのことが気になり、休日を利用して現地を訪れてみた。資料館ではダイジェスト版ながら映画の一部も見られる。高利貸しの主体は変わっても、図式は変わらない。平和な春の日差しを浴びながら、メディア・リテラシーがなければ何も見えてこない恐ろしさを感じたりもした。

(2018年4月17日投稿)

【用語】

在日米国商工会議所(ACCJ= American Chamber of Commerce in Japan)

【画像】

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ライファイゼン(Friedrich Wilhelm Raiffeisen)氏の画像はこのサイトより

「稼げる農業」の書籍の画像はこのサイトより

草の乱のシーンの画像はこのサイトより

【引用文献】

(1) 三橋貴明『日本を破壊する種子法廃止とグローバリズム』(2018)彩図社

(2) 鈴木宣弘『今だけカネだけ自分だけの農業になってしまいます』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(3) 鈴木宣弘『農業競争力は弱体化します』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(4) 鈴木宣弘『飲用牛乳がスーパーから消えます』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(5) 山田俊男『農協を解体してはなりません」「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(6) 菊池英博『360兆円の農協マネーがアメリカに略奪されます』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(7) 中村陽子『安部政権が目指す農業は自然環境を破壊します』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(8) 三橋貴明『ロビイストが政策を決定しています』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(9) 篠原孝『御用学者や御用経営者が農政を牛耳っています』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊

(10) 編集部『第二章安倍政権は共犯だ』「日本のお米が消える」(2018)月刊日本2月号増刊



posted by José Mujica at 22:59| Comment(0) | 腸内細菌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする