2018年05月22日

種子の多様性の低下こそが危険

緑の革命と農薬

共産主義を防ぎ種子で儲けるためにメキシコで緑の革命が必要に

Elvin-Charles-Stakman.jpg 病害虫の抵抗性はただひとつの遺伝子や形質に由来することが多い。このため作物全体が画一化すると病害虫はそれを全滅させることができる(p230)。メキシコでは、トウモロコシやダイズ等の生産が人口増加に追いつかず、小麦が黒さび病によって被害を受けていた。ここで、小麦のさび病に詳しいミネソタ大学のエルヴィン・チャールズ・スタックマン(1885〜1979年)名誉教授が登場する(p176)

Henry-A.-Wallace.jpg スタックマン名誉教授は、ルーズベルト政権のヘイリー・ウォレス(1888〜1965年)副大統領によってメキシコに派遣された。ウォレス副大統領はトウモロコシと小麦の改善の必要性を痛感していた。ひとつは貧困が共産主義を育むとされたため、共産主義との戦いのためにメキシコ農業の安定化が必要であった。第二に、ウォレス副大統領は北米にトウモロコシの新品種を販売するパイオニア・ハイブレッド社の社長であたったことから、利潤があげられるはずであった。この理由からウォレス副大統領はロックフェラー財団を説得し、同財団がスタックマン名誉教授と接触した(p357)

 1942年、スタックマン名誉教授は以前の学生であったノーマン・ボーローグ(1914〜2009年)博士にデュポン社を退社してメキシコに赴くよう要請し、1944年10月に着任する。当初、ボーローグ博士はトウモロコシを研究していたが、その後、小麦育種に研究の重点を移す(p177)

自然な野生の小麦は背丈を高くする

Norman-Borlaug.jpg ボーローグ博士は世界各地の小麦を取り寄せ、5000通りも交配させ(p179)、黒さび病に対する病害成功性を備えたコムギ品種の育種に成功する。しかも、この麦は非常に強靭で肥料、農薬を散布し、灌漑をすればほぼ無制限に成長した。この結果、1954年にはメキシコは1945年の4倍の収量をあげることができた(p180)。 だが、問題があった。化学肥料を投与した小麦は伸びすぎ、茎が種子を支えられなくなって自然に倒れた。倒伏である。

 大量に栄養分を与えられた小麦が種子をより多く実らさずに茎の伸長に多くのエネルギーを割くのにはわけがある。どの植物も競争し、かつ、競争は同種のあいだで最も激化する。たとえ、親子であっても植物は、光、水、土壌養分をめぐって互いに競い合う。この競争によって誕生したのが森林である。森林の高さは利用可能な水、土壌養分、そして、木の競争力によって決まる。土壌養分と水が豊富なカリフォルニア北部ではレッドウッドは100mの高さにまで伸びるが、これも少しでも隣の木よりも高くなろうと努力した結果である(p181)。つまり、とにかく日光を独り占めしようとして胴回りに投下せず、上に上へと延びる(p182)

 同様の競争は草原でも起きるが、頻繁に野火が発生することから、その条件下で最も迅速に成長できる個体が有利になる(p182)。小麦は野火が発生しやすい肥沃な三日月地帯の草原で進化したため、すばやい成長と結実を可能とする遺伝子を進化させた(p181,p182)

日本の農林10号によって緑の革命は実現した

Gonjiro-Inazuka.jpg 小麦が互いに競争しあわず丈を短くするにはどうするか。ボーローグ博士の問題解決のヒントは稲塚権次郎(1897~1988年)が1935年に開発した農林10号にあった(p183)

 日本は1945~1951年までマッカーサーによって統治下におかれるが(p183)、天然資源局は日本農業を援助するため、1945年12月にスタックマンの薫陶を受けたセシル・サーモン(1885〜1975年)博士を呼び寄せる。このサーモン博士が農林10号を発見し、ワシントン州立大学のオーヴィル・ヴォーゲル(1907〜1991年)博士に渡す。ヴォーゲル博士はその価値を認め、2つの小麦品種とかけあわせ、得られた品種をボーローグに渡す(p184)

 この結果、メキシコは1965年には1945年に比べて10倍も収穫をあげることができた。肥沃な三日月地帯にあったセガ高い野生種の収量はエーカーあたりせいぜい0.1トンであったが、紀元前1万年頃には0.5トンとなっていた。けれども、ボーローグ博士は野生種の60倍に相当する6トンにそれをひきあげた(p185)

George-Harrar.jpg ジョージ・ハラー(1906〜1982年)博士、後のロックレラー財団理事長は、フィリピンの国際稲研究所でコメの革新にとりかかる。この研究も1959年に700万ドル(2016年換算で5000億ドル)の援助をロックフェラー財団とフォード財団から受けた(p186)。ハラー博士が行ったのは38とおりの交配にすぎなかったが、そこから、倒伏しない程度に背が低く、病害抵抗性を持ち、生産性が高い品種を作り出すことができた(p187)

病害虫抵抗性が発生するわけ

 病害性抵抗性を持つ新品種を導入すれば、作物の場合は、平均して3~4年は持つ。それを超えればもたない。そこで農薬を使わなければならない(p232)。けれども、毒物に対する耐性も病害虫は身に付ける。1914年には石灰硫黄合剤に対する最初の農薬耐性が記録されているし、1928年にはコドリンガが砒酸鉛への耐性を身に付けた(p232)

 農薬の大量使用とともに耐性への進化速度もアップする。1945年に最初に使用されたDDTに対して7年もたたずに耐性を持つ昆虫が登場し、1980年には106種の害虫が耐性を持つに至っている(p233)

 理論的には熱帯地方で栽培されるほどそれを蝕む病害虫の進化は早まる。それには二つ理由がある。第一は温暖な地域に比べて熱帯ははるかに多様で生存競争が激しい。生存競争が激しいほど進化の速度は早まる。また熱帯では世代交代のスピードが短い。一世代の生存期間が短ければある個体が殺される可能性は減り自然選択が作用しにくくなる。一方、一世代の生存期間が長ければ個体群のすべてが死んでしまうことがある。このため、一世代の生存期間が長くも短くもない生物が最も迅速に進化する(p365)

 1968年、アイオワ州とイリノイ州でトウモロコシごま葉枯病が発生した。当時は名前すらなかった。1969年には広く知られ、1970年には全米全土に広がり、被害額は10億ドル、15%のトウモロコシが壊滅した(p230)。ごま葉枯病が蔓延したのは1968~1970年にかけての気候が湿潤だったためだが、トウモロコシ品種の多様性を欠いていたことも一因となった。雄性不稔の品種で栽培されていたのである(p230)

 インドネシアでは1976年にトビイロウンカによって大被害を受ける。大量の農薬を散布してもその大発生を抑えることができず、35万t以上のコメが失われ、インドネシアは米の輸入国にならざるをえなかった(p388)

 熱帯地方では世代交代が急速に進むため、稲穂が実るまでに3世代のトビイロウンカが後退する。稲穂1本あたり1匹の個体も1000匹へと爆発的に増加する(p388)。問題は、トビイロウンカに対する抵抗性だけではない。トビイロウンカとその幼虫を食べるコモリグモを農薬は殺すためである(p389)

Bt遺伝子組換え作物とモンサント

バチルス菌の発見

 スジコナマダラメイガは、バシラス属のとりわけ、破壊的な病原体の宿主となっている。この種は発見されたドイツのチューリンゲン州の名をとり、バシラス・チューリンゲンシスと呼ばれている(p235)

Bacillus-thuringiensis.jpg Btは小麦粉につく蛾を減らす。けれども、カイコも殺す。Btが生成するタンパク質の結晶をカイコが食べるとアルカリ性の消化管の中で酵素によって分解される。タンパク質は活性化されて消化管に付着したタンパク質に錠前に差し込んだ鍵のように結合する。こうして小さな穴をあけ、そこから他の細菌やBtが侵入する。20世紀前半の日本ではこれは製糸業にとって大問題だった。しかし、Btが生成するタンパク質を大量生産できれば、昆虫の幼虫を殺す殺虫剤として使える(p235)。1930年代に行われた最初のテストでBtはアワノメイガを殺した。1938年にはBtをベースにした製品がフランスで市販される。1970年代になるとBtは巨大な培養槽で生産されるようになる(p236)

 Btは様々な昆虫に影響を及ぼす。化学農薬の成功率は2万の1と極めて低いにもかかわらず、Bt毒素のヒット率は1000分の1と高い。さらに、Bt毒素は細菌によって自然に生成されるため、異なるタンパク質が組み合わされると、それに対する耐性を昆虫が獲得することは難しい(p236)

モンサントはBt作物を開発

 このBt毒素を遺伝子組換えによって植物に組み込むことをモンサントは試みる(p239)。Bt毒素が最初に導入された作物はタバコであったがこれは商品化されなかった。次に、ジャガイモ、トウモロコシ、綿花が作り出されて商品化された(p250)

 さらに、モンサントは除草剤ラウンドアップに含まれる成分、グリホサートを散布しても枯れない除草剤耐性を持つ種子を作りだす。この結果、害虫への抵抗性と除草剤耐性の双方を備えた種子も作り出される(p250)

Bt耐性の害虫も発生している

 2015年時点でBt作物の栽培面積はフランスの国土の1.5倍である(p254)。ただし、問題がある。これらはどの作物よりも遺伝子的に均質であり、Bt 毒素もただひとつの毒素と2、3の関連する毒素によって守られているだけである(p251)。除草剤もただ一種類グリホサートが大量に散布されているだけである(p252)。これら対して耐性を持つ害虫や雑草が出現したらどうなるのだろうか。除草剤に対する耐性を雑草が進化させればその雑草は作物畑にはびこるであろう。事実、菜種、ビート、アルファルファでは除草剤耐性が獲得されている。Btに対する耐性を害虫が獲得すれば、世界中のトウモロコシを食い尽くしてしまうであろう(p252)。これは、懸念ではない。米国ではBtに対する耐性を持つ綿花のさやを蝕む毛虫が出現した。Bt作物に対して耐性を持つ害虫は現在5種類知られ、さらに増えつつある(p253)

避難栽培は解決策にならない

 Bt作物に対する耐性進化を遅らせる「避難栽培」という手法は開発されている。BtトウモロコシをBtを生産しないトウモロコシを一緒に栽培すれば、生産されないトウモロコシ畑はBtに弱い害虫が繁栄するある種の避難所になる。Btに対する耐性を進化させた害虫が発生しても、それらは耐性がない害虫と交尾する確率が高い。こうした両親からはBtに耐性を持たない子どもが生まれる。Bt作物に対する避難作物の栽培面積の最適な割合は、進化を考慮した数学モデルによって計算できる。実際、米国やオーストラリアのBt作物畑ではこの戦略が採択されている(p252)。しかし、これは耐性をもたらす遺伝子が劣性であることを前提としている。優性であれば避難栽培は耐性の進化を遅らせることができるがそれは永遠ではなくなる(p366)

 耐性の進化速度はBt作物の栽培面積が広がれば広がるほど高まる。さらに、避難作物を栽培する余裕がない地域ではより迅速に耐性を進化させる(p253)。作物の最適な管理は限られた国でしかなされておらず、Bt作物の栽培はますます増えている。そうした国では、害虫は2年程度で耐性を進化させてしまうであろう。そして、ある昆虫が耐性を獲得すれば、それはどこに行っても好みの作物にありつける。この問題は依然として解決策が見つかっていないのである(p254)

緑の革命が作り出した空間は害虫にとっての天国

 伝統的な自給農業を続ける農民たちは、同時に複数の作物を栽培し、かつ、多様な作物を栽培することで、農業の生態系を多様化し病害虫の被害を防いできた。そこでは、森林や草原と同じ様々な生物が織りなす生と死のタンゴが演じられてきた(p228)

 これに対して、緑の革命で作り出された作物の栽培が可能な空間は、化学肥料と農薬と灌漑によって作られる(p189)。ひとたび防御網を突破すれば1匹の害虫は作物品種間の違いや天敵にわずらわされることなくどこまでも作物をむさぼり続けることができる。この世にエデンの園が実在するとすれば、それは緑の革命で作り出された空間で害虫が遭遇する場所以外にはないであろう(p231)。緑の革命は、新たな生物圏(バイオーム)を産んだともいえる(p189)。それは米国流の農業資本主義に埋め込まれた新たな生態系と経済圏であり、社会主義化を防ぐとともに、フォード財団、ロックフェラー財団、米国政府、世界銀行が最も期待していたのはこの成功であった(p189,p359)

種子の研究が減り多様性が減少することが最大の懸念

 緑の革命によって豊かな国の大学は自国内での農業研究に資金を投下しなくなった。国際的な開発期間も開発途上国の農業研究に資金をあまり投下しなくなった(p234)。大学や公共機関の育種プログラムは緑の革命の成功の裏で骨抜きにされている(p365)。国際農業研究協議グループ(CGIAR)は、メキシコの国際トウモロコシコムギ研究センター(CIMMYT)、フィリピンの国際稲研究所(IRRI)、ペルーの国際ジャガイモセンター(CIP)、コロンビアの国際熱帯農業センター(CIAT)、国際熱帯農業研究所(IITA)、乾燥地域交際農業センター(ICARDA)等からなり(p358)、ネパールからボリビアまで世界各地で活動している唯一のグループである。にもかかわらず(p268)、モンサント社の研究予算は、CGIARが世界銀行から受けている額の200倍にも達している(p267)

 アグリビジネス企業によって作り出された遺伝子組換え作物の最大の問題は、健康に対するものでも環境に対するものでもなく、多様性の低下にある。そして、アグリビジネスには作物を多様化するためのインセンティブを持たないし、消費者のニーズが単純である限り、未来のことを見越して計画を立てることもない(p264)。遺伝子組換え作物の圧倒的なまでの進撃を遅らせられるとすれば、それは消費者の反応なのである(p263)

編集後記

 ノースカロライナ州立大学のロブ・ダン(Rob Dunn)教授は、遺伝子組み換え農産物の危険性については慎重である。「現在のところ、既存の遺伝子組み換え農産物に健康に対する有害な効果があることを示す証拠はほとんど得られていない」と述べる(p263)。2015年にピュー研究所が行った調査によれば、米国人の57%が遺伝子組換え食品を食べることに対して危険が伴うと考えていると言う。とはいえ、現時点では、現在市場にでまわっている遺伝子組換え作物を原料に生産された食品を食べても安全であるというのが、米国科学アカデミー、米国医師会、米国科学振興協会の結論なのである(p367)

 未知の問題に対する懸念や憂慮は妥当だし、メアリー・フランケンシュタインの物語が今もその意義を失っていないのには理由がある(p368)。しかし、遺伝子組換え作物の最大の問題は、健康や環境に対する影響ではない(p264)と述べ、公共種子の開発予算の削減やモンサント社を始めとするアグリビジネスによる種子のモノカルチャー化による多様性の喪失を一番問題としている。

 遺伝子組換え農産物が健康や環境に対して影響がないとするダン教授の見解には私は違うのではないかと思っているのだが、それでも教授の種子の多様性の減少をリスクとして捉える進化生物学者としての目線は非常に重要である。 種子法の問題を巡って一番、危険だと思うのは、例えば、種子法廃止や遺伝子組換えでネット検索するとまずヒットするS.A医師の「99%が知らない」を読むと「モンサントは役割を追えば雑魚企業である。ロックフェラーやロスチャイルドが「部長クラス」なら、モンサント社は「係長クラス」のクレーム引き受け役である。モンサントに反発すれば、「彼ら」ではなく枝葉の組織と闘わされるだけに終わり、まったくの徒労でしかない」との結論につながり、ラウンドアップの問題が陰謀説や都市伝説で終わりってしまうことである。 同医師によれば、ロスチャイルドやロックフェラーは小物でしかなく、イルミナティの奥の院13種族、世界一の諜報機関タクシス家が支配者であるという陰謀説の世界に入っていく。これは『トンデモ本』として読む分には面白いが検証しようがない。

 現時点ですら、WHOが発ガン性がありとして認めらたグリホサートを含むラウンドアップが安全だとして販売されている。「これが危険だ」というだけでも危ない新興宗教にはまっていると思われがちなのに、そこでその理由として「小物であるモンサントを支配するイルミナティの奥の院13種族が」と言い始めれば、ますます説得力を失っていく。フランスで最高裁がモンサントに対して「ペテンの詐欺CMを流すな」との判決を下したように、誰にでも納得できるステップを歩んでいく必要があると感じている。その意味で、種子の多様性の喪失のリスクを検証しうる歴史的事実として淡々と描いている本書の内容は重要である。
(2018年5月22日投稿)

【人名】
エルヴィン・チャールズ・スタックマン(Elvin Charles Stakman)教授の画像はこのサイトより
ヘイリー・ウォレス(Henry Agard Wallace)副大統領の画像はこのサイトより
ノーマン・ボーローグ(Norman Ernest Borlaug)博士の画像はこのサイトより
稲塚権次郎氏の画像はこのサイトより
セシル・サーモン(Samuel Cecil Salmon)博士
オーヴィル・ヴォーゲル(Orville Vogel)博士
ジョージ・ハラー(Jacob George Harrar)博士の画像はこのサイトより
【画像】
バチルス菌の画像はこのサイトより
【引用文献】
ロブ・ダン『世界からバナナがなくなるまえに』(2017)青土社


posted by José Mujica at 06:00| Comment(0) | 種子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする