2018年11月22日

日本・モザンビーク・ブラジル 3カ国民衆会議

危機の21世紀を超えて、つながりあい、食の幸せを未来に手渡すために〜

3カ国民衆会議は問題あるODA開発批判にあらず幸せな社会を求める運動

渡辺直子 日本国際ボランティアセンター

 なぜ、いま、ブラジル、モザンビーク、日本なのか。この経緯と種子をお話ししたい。日本のODAによる「プロサバンナ」が2009年9月に3カ国で合意がなされる。面積1100万ha。JICAが主体である。モザンビークの人口は3000万人だが、その多くの農民に影響を与えるとされる。そして、3年目の2012年12月に反対の声があがった。問題は、事業の不透明性である。私たちは情報収集を始め、そこから連帯が始まっている。

 現地の人々が反対する理由は、開発が小農たちの実践と乖離しているためである。例えば、イメージとは異なり、モザンビークの北部は雨が豊かで1200ミリも降雨量があり小川もある。灌漑施設がなくても自給自足農業が可能となっていた。

 ここで、日本が進めているブラジルにおける農業開発だが、写真を見るように森や畑であったところがさら地になっている。企業に農地が奪われている。そして、農業投資がなされ大豆が植えられている。そして、日本の消費者が買うことで事業が奨励されてしまっている。土地収奪が多発している。まだ、現実には奪われていないと日本政府側は説明しているが、私たちの税金を使ってこういうことがなされている。

 そして、2017年3月に外務省は事業を中断した。この問題は種子にも関係してくるのだが、ただ現地の農民たちは反対の声をあげるだけでなく「農民は生命、自然、地球の守護者である。小農運動としての我々は抵抗としてモデルを提起する」と述べている。この6年間を私たちは見て来た。調査して来たが、そこには、ただ問題のある日本のODAを良くすることにとどまらず、どのような社会を作りたいのか。彼らが対話を求めて来ていることがわかる。そして、彼らの運動はただひとつのことを良くするのではなく民主的な社会構造を求めている。次のあるべき社会を求めて運動をしており、すでにその実践がなされている。

「私たちが欲しているのは悲しみの開発。犠牲を伴う開発ではない。そうではなく。我々が求めているのは幸福のための発展である」

グローバルフードシステムと私たち

 印鑰智哉氏

 今日は15分と限られた時間ですし、通訳も入るのでザクッとした話しかできません。グローバル・フードシステムとは多国籍企業による食の垂直統合です。タネから流通まで仕切ろうとしています。そのために、「変化」が起きています。そして、この対極にあるのが地域の小規模家族農家が作る食のシステムです。地域の食材の7割はここから供給され、多国籍企業が生産している食料は3割にすぎません。ですが、それでも、政府の補助金のほとんどを独占してしまっています。それを握ることによってどのような変化があるのか。

 ブラジルのセラード地域では、小農たちが生産しています。これが乗っ取られると森が焼かれて飛行機が農薬を散布し、この写真に示すような大規模な農業になるのです。では、これによって何が変わるのか。小農が失われていきます。そして、この開発には日本の総合商社が深く関わっています。ブラジルの森林といえばアマゾンが有名ですが、その南側にあるセラードでは森林が破壊されています。そして、この破壊されている地域と三井、三菱、豊田が参入しているところを合わせると綺麗に重なるのです。

 食のグローバル化によって、人権侵害、農民運動のリーダーが殺されています。海の向こう側では人が死んでいるのです。ですが、日本のメディアはこうした情報を流しはしません。

 これは、ブラジルのカソリック組織が出したポスターですが、「ここの大豆には先住民の血が入っている。だから食べないでくれ」と書かれています。

 それでは、こういうものを食べている私たちはどうなっているのか。この20年で急激に増えているのが、糖尿病、自閉症です。そして、環境も壊れています。また、実際には気候変動を引き起こしているのは食です。はるかに大量の温暖化ガスが安い肉から、ファクトリーファーミングから作られる肉から出ています。米国の安い牛等、工業型農業が温暖化ガスの44〜57%を占めているのです。

 さらに、工業型農業は生産性が高いと言われていますが、ブラジルの統計から取ったデータを見れば、生産があがっていることが嘘であることがわかります。

 第二次世界大戦以前には、日本は大豆を満州や朝鮮半島の東北部に依存していました。そして、第二次世界大戦後には米国に依存するようになり、1970年以降はブラジルのセラード開発に関わっていきます。

 そして、UPOV条約、タネを開発した人の所有権を守る条約を南の国に押し付けていきます。アジア、ラテンアメリカに押し付けていきます。それだけではありません。いま、G8による「食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス」というものが作られ、「化学肥料を買え」と言っています。このことで、アフリカの多くの国ではタネの権利が奪われているのです。

 日本でも1998年に政府がUPOV条約を批准し、種子法を廃止しています。政府が行ってきた公的品種管理を民間に移そうとしています。そして、日本政府はゲノム編集を含めたバイテク事業を進めようとしています。これが、現実のものになって来ている。

 こうした中で、何をやっていくべきか。何をすべきか。世界各地で起きていることは同じことではないかと僕は思っています。つまり、食の主権とアグロエコロジーは両輪なのです。食料主権とは、食の決定権と言ってもいい。自分が食べたいものを食べる。農家が植えたいものを植える権利です。それを取り戻すことが重要なのではないでしょうか。いま、国連が動きつつあります。

 FAOが動きつつあるし、昨日の国連総会の第3委員会では「小農宣言」が採択されました。これで12月の国連総会で成立します。日本の大豆がこうした問題を引き起こしていることを考えたいと思います。

いま、食とタネをめぐって実際に世界で起きていること

ブラジル小農運動 ジルベルト・シュナイダー

貧困根絶とアグロエコロジー政策が展開された13年

 今は、とても重要な時期にある。とても大切な時期を我々は戦っている。そして、この場で話す機会をいただいたことをありがたく思っている。さて、タネの話をする前にブラジルの政治的な面についてお話ししたい。それによって、タネの問題の背景を知ることができる。我々、小農運動は「ビア・カンペシーナ運動」の一部であり、タネをテーマとして扱っている。2003〜2016年にかけての13年は、ブラジルでは貧困対策でとても興味深い政策が実施された。アグロエコロジー、種子保全、信用クレジットと様々な公共政策が展開され、民衆の参加によって困難を乗り越えて来た。

クーデターで社会的政策の展開が困難に

 さて、皆さんもご存知のように2016年にクーデターがあり大統領は弾劾された。そして、これは、大統領に対するクーデターというよりも、様々な社会政策、家族農業支援に対するクーデターとも言える。アグリビジネスのニーズに合致しなければ予算はカットされ、小規模農民に対する支援もカットされている。このため、貧困対策や生物多様性の保全といった発展のための戦略が困難に直面することとなっている。

 2019年には新政権が誕生した。これは、親米、親イスラエルの極右政権であり、前世紀のアジェンダを推進しようとしている。このため、政策が弱体化していくであろう。

タネを開発してきたのは科学者ではなく伝統的な農民

2018112101S.jpg さて、次に農業のお話をしてみたい。人類はタネを発見する以前には農業をしていなかった。移動していた。それが、タネを発見することで、ある場所に定住し移動する必要がなくなった。住む場所を次々と変える必要がなくなった。これは、かなり前、1万年前のことだが、タネはそれ以降の祖先の遺産なのである。

 そして、現在、農業の起源だとされる8地域はいずれも豊かな生物多様性があったところである。例えば、中国と日本は、コメ、アズキがあった。そして、祖先たちは、アグロエコロシステムによって分布していた。こうしたエコシステムに適応するように伝統的な部族はタネを開発してきた。

2018112102S.jpg タネの品種改良というと大学や研究機関をイメージしがちだが、興味深いことに、その改良はこれまでもずっと常になされて来たのである。それは農民の知恵である。例えば、今トウモロコシはヘクタールあたり3〜5トンもの収量があるが、それ以前にわずか一つの穂に5粒とか8粒しかつかないものを100倍にもしてきたのは農民がして来たことである。科学者が今しているのは、せいぜいその上で栽培密度をあげることくらいでしかない。さらに、こうした改良には目的があった。それは特許とかお金を儲けるためではなく、コミュニティの良くするためであった。そして、世代毎に継承されて来た。

緑の革命とともに種子の支配が始まる

 さて、ブラジルでは1850年に土地法ができる。これが農地を集中させた。そして、今も農地解放がなされていない。さらに、大きな歴史の転換が1930年代の工業開発出会った。それ以降、大規模農業モデルが継続されている。

 ここで、三つ、農民には役割が与えられた。一つは、食料の国内需要を満たす。第2が工業発展のために農村から人を出す。第3がまだ人が居住していない場所に入っていくことである。

 また、これは、メガプロジェクトの影響もあるが、タネと関連することでは、19世紀まではタネの改良はコミュニティでなされてきたが、1909年に交配種のトウモロコシが現れる。

 そして、1930年から交配種が流通し始め、種子産業が生まれる。緑の革命を推進するため1961年にはUPOV条約も制定される。1970年代からは遺伝子組み換え技術が登場し、ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)が1973年には設立される。この緑の革命によって、大規模農業機械、化学肥料と農薬が誕生する。この第二段階が新たな施設栽培である。そして、農村から都市への人口流出も起きる。そして、人々の作物市場への依存が進む。農民は、賃金をもらうサラリーマンと同じになっていく。 化学肥料も農薬もビジネスである。世界中で農薬は使われ、種子を支配することは食料を支配することにつながる。

農家、コミュニティ、市町村での自家採種運動が大切

2018112103S.jpg ただし、これと同じ時期にアグロエコロジーも誕生している。そこで、我々は種子を取り戻すことから始めた。在来種の保存、国際的なイベント、自家採種の取り組みである。トウモロコシ、マメ、小麦、大麦が等、25種の自家採種に取り組んできた。我々の戦略は3つのレベルがある。

 まずは農家レベルで、農家が自らがタネを管理することだ。

 次がコミュニタリオ、コミュニティのレベル。そして、その次がムニシピオ、市町村のレベルだ。そして、ネットワークを作っていく。これは、ビア・カンペシーナのグローバル会議でもとても興味深い取り組みとされた。つまり、生物多様性を守るために土壌を手をかけ、種子の管理をしていくことが大切なのである。

モザンビークの小農運動 プロサバンナにノー

地球温暖化で気候が狂い食糧危機に直面する中、アグリビジネスが介入

 タネがなければいけない。なぜか。将来のことを考えれば質が高い食料のためには質が高いタネが必要だからである。そして、何がいま世界で起きているのか。まず、地球温暖化を抜きにしてタネを語ることはできない。豪雨、旱魃、高潮と 地球温暖化はタネの生産に影響を与えているからである。モザンビークでは、農業は10月に始まる。雨を待って10月末に雨が降り、12月には芽が出るという流れであったのが今は2月や4月に雨が降ったりする。予測ができない。政府はそのための解決策を考えているのだが、人口も増えて高齢化も都市化も進行している中、食糧の供給量が少なくなっている。こういう状況の中で、多国籍企業が市場に入ってきている。そして、アグリビジネスを始めている。飢餓問題を解決するとしてアグリビジネスが介入してきて、大規模な食料生産をするというのである。

研究者は商業化と特許化しか考えていない

 けれども、アグリビジネスのタネの流通は小農民の生活を壊す。なぜか。改良種子は最初の収量は非常に高い。けれども、小農民たちが自家採種しているとだんだんと生産性が落ちてくる。50%も落ちる。このため、農民たちは常に改良された種子を買わなければならなくなる。つまり、農民はマネーを持たなければタネを買えなくなっていく。これが与える影響は知的所有権と独占ということだ。

 モザンビークはまだ始まったばかりの段階だが、研究をしたり調査をするグループができてきている。遺伝子組み換えの栽培はモザンビークでは禁じられているが試験や実験は認められている。けれども、学者や研究者たちは食べる人のことまでは考えてはいない。生産性を上げることと商業化をすることしか考えていない。そして、多国籍企業が入ってきている。

 タネの生産は、プロサバンナで日本政府が推進している。モザンビーク、ブラジル、そして、日本政府が推進している。大規模ビジネスのモデルがされようとしている。そこで、それを最小限に抑えることを考えている。

政府は小農と在来種を守れ

 なぜならば、農地の97%は小農が管理している。農業はGDPの25%をしめ、作物がその農業GDPの78%を占めている。人口の20%は都市住民だが80%は農村に住んでいる。企業型農業はわずか30%しか貢献していない。つまり、農業にはフォーマルなものとインフォーマルなものとがある。

 モザンビークで生産される種子の90%は、農民たちよって自家採種された種子である。農民同士がタネを交換して連帯している。この種苗交換も単なる物々交換ではなく、知識を交換している。それは、生き方であり、暮らし方でもある。そして、種子の70%はカンペシーナから来ている。

 そこで、今議論されているのが、遺伝子組み換えではなく、在来品種のタネはいまだんだん失われてきているのだが、それが大切だということだ。そこで、政府が農民のタネを守るようにしていくことが大切である。

モザンビークの女性たちの歌

 いま、使っているタネは先祖たちから受け継いだもの。どのようにして在来品種を維持するのか。知恵を維持していくのか。タネがあれば健康でいられる。母なる自然。大地も保全できる。これは、単なるタネの戦いではない。生命(いのち)の戦い。生命の権利のための戦いだ。だから、女性たちは戦っているし、皆で大地を守りたい。自然に大地を使いたい。食卓の上に並ぶ食材は自然のものであり、畏敬の念をもっていただけるものであるべきである。化学肥料、GMO、健康に悪いものにはノーと言いたい。だから、農民たちよ。団結して戦いましょう。意識を持って戦いましょう。誰も疲れない。一緒に戦っていさえすれば。私たちは疲れることを知らない。常に前進するだけ。決して後ろには下がりません。

日本で起きつつあること
埼玉県小川町霜里農場 金子友子

tomoko-yoshinori.jpg (モザンビークの女性たちの踊りと歌に)圧倒された。会場の縁台に項目が出てる。生物と文化の多様性。こういう文化が日本には足りないなと思う。

 さて、埼玉県小川町は盆地で、東京よりも北にあるため涼しいのかなと思っていたが、夏は暑く冬は寒い。400年続く農家の後継者である夫が1973年から有機農業をやってきた。私は39年前にお嫁に入ったが、農業のことはまったく知らなかった。その頃、500万あった農家が、今200万を切っている。

 専業農家は当時60万と言われたが、それも減っている。そして、今200万のうち50歳以下は10%だ。そのような状況の中で、遺伝子組み換えがあることも20年前に知ったが、日本は野菜のタネすら自給されていない。モンサントから委託販売されていることを先日山田正彦元農相の講演を聞いて知った。

 こうした中で、後継者を増やすことが必要だと結婚した時から考えていた。そこで、有機農業を志向する若者を受け入れてきた。15年前に火災にあって1時間半ですべてが燃えてしまい、資料もなくなってしまったのだが、これまで150人。一カ月だけ来たとかの人を入れれば300人くらいの研修生が全国に散らばっているのではないか。そして、小川町だけでも70戸いる。いまでは入り切れなくなったので周囲の5町村で新規就農している。

 また、小川町に伝わってきた大豆の在来品種があるのだが、都幾川村にある渡辺豆腐店が「全量買おう」ということになって活気づいた。そして、数年前に天皇皇后陛下が見えられたときに、村の景観もきれいにしようということで綺麗になった。これが、小川町の最近の歴史だ。

有機農業者の時給は100円以下

2018112104S.jpg 私の夫、坂口典和がメインで農業をしている。大阪外大卒後、世界を放浪した。いわゆるヒッピーである。そして、1994年に就農した。それ以降、季節野菜を50品目栽培している。7反野菜である。自給自足が理想で、1.5反で自給用のコメを生産している。

 私たちは普通の人が普通に食べるものを売りたいため、有機農産物といっても高付加価値化はしたくない。すると専業有機農家の時給というのは100円以下である。だから、有機農業になることを若者たちにはとてもではないが薦められない。

それでも安全安心が大切なわけ〜健康になれるというメリット

 けれども、それでも、有機農業にはメリットはある。それによって生かされているということだ。

 小農のイメージはほとんどが兼業農家である。お米が主だが、それは管理が楽だからである。そして、黒豆が転換作物となっている。それでも、安全安心が大切だと思うのは、例えば、特産の丹波栗だが、虫害を避けるために農薬が散布され、手がボロボロになっていく。そして、健康な野菜を食べていると体が健康になって心も豊かになると思っている。実際に、うちの子どもたちは皆元気である。例えば、塩麹を夏休みの自由研究で作ろうと夫が言い出している。そして、大豆を物々交換とかもしている。

イエ制度の改革がなければ女性は奴隷のままで終わる

 さて、国際家族農業年だが、日本の家族農業は家庭内における集約労働の塊で、イエ制度に基づく奴隷労働がその根底にある。つまり、家族農業は女性の無償労働を固定化するという負の側面もある。いまだに、農業経営者として主体的に女性が評価されることはない。小農が、小規模家族農家がおかれている社会的な地位が低すぎる。例えば、農業高校は偏差値が低い。スローライフとは無縁の有機農業を私は若者におすすめしない。

 最も影響を受ける者の声がもっとも政府の政策決定のプロセスに反映されるべきだと思う。農民同士がメディアや学者等、色々な通訳の媒体の力を借りて、下から、大きな力、多国籍企業、農薬会社、それらの言いなりになる政府、農協と闘っていかなければならない。私たちはまともに彼らと対決してはダメである。農民の側、特に女性が蓄えてきた叡智を結集していのちの問題として向かおう。

パネルディスカッション

世界で一番小さい自給農家

斎藤博嗣

 家族4人で世界一小さい百姓だ。農業を始めて14年になる。失われつつある地球環境を活かす非暴力農法、「緑の百姓哲学」を追求してきている。とはいえ、入植している阿見町は原発事故後の線量が高い。

 さて、90種ほどのタネを自家採種している。誰もが自家採種する時代になるよう、2014年に仲間とともに「小規模家族農業ネットワークジャパン」を作った。そして、来年から始まる家族農業10年を私は支持している。


「耕し歌ふぁーむ」松平尚也
農家からみたタネ問題

Shouya-Matsudaira.jpg
 伝統野菜の種の自給率が低いという話が提起されたが、タネの問題の背景には、まず日本の食べ物がほとんど海外から購入されていることがある。また、日本が国家として穀物のタネに関しては安定生産してきたこともある。

 農家にとっては、兼業農家が稲作をしているために苗で買うのだが、それを空気のように考えていた。

 さて、種子法はほとんど議論がなされないまま3月31日に廃止されてしまった。今日も会場にはこれに対応するために各地で活動をされている方々がお見えになっているが、その後、大丈夫なのかと。種子の安定生産を国が放棄してしまっているからだ。私が有機農業を営む京都の京北地域は有数のコメの産地なのだが、各道府県は今も事業は続けてはいる。コメに他のタネが混じることを「混種」というのだが、それが起こらないようにしている。

伝統野菜の種子は産地づくりで失われた

 野菜も99%は種取りをしていない。これも、1960年代に大規模流通が発展したことが背景にある。11品目の野菜を全国でリレー生産するようにし、冬でもトマトが並ぶようにした。いま、指定野菜14品目が野菜の出荷量の7割を占めている。そこで、昔は篤農家がいたのだが、伝統野菜は大規模化が向かないとして今では。在来種はタネすら残されていない。さらに、料理もしない家庭が増えている。そこで、カット野菜が売れていて、カット野菜に向く大きいホウレンソウやキャベツが売れている。種子法はなくなってしまったのでこれからどうするかを考えていかなければならないが、他にもこうした構造的な問題がある。

料理研究家 枝元ほおみ
安さだけを消費者が求めていればその裏には飢餓がある

 家庭料理をどうしたらいいのかを考えてきた。そして、食べ物がなかったら料理ができないというあたりまえのことに気づく。一番大事なことは、ちゃんとした食べ物を作り、飢えさせないことだ。遺伝子組み換え、農薬に反対しているのはそのためだ。安いとかではなく誰が生産していて、どうすればその人が生産を続けられるのか。つまり、社会のことを考えなければ、そのすぐ後ろには飢えがある。そのエッジに立っている。

作物に不足する養分を与えるよりも土壌微生物に栄養を

 さて、今年6月に有機農業の指導者(稲葉光國氏)に誘われてブータンに行ったのだが、そこで面白いのが2050年にブータンがすべて有機農業に転換することが決まっていることだ。そして、その具体的なやり方として大豆と麦とを輪作するのだが、土壌微生物とタンパクの組成とで、ただ微生物を元気にするために大豆粕を撒くことに感動した。今の発想では足りないものに与えることだけを考えている。それが大企業の利益につながっているのだが、それよりも健康な土を作ることが大切。そして、土壌に栄養が残らなければ植物は健康になれない。

 さて、今のような生き方の方向を変えなければ地球自体が持たない。誰もがつながって健康的な暮らし方を提案していく。そうした力強さを持ちたいと思っている。つながれることはすごく嬉しいし、力強く思っている。

まずは地元野菜を食べることから始めたい

2018112105S.jpg印鑰智哉 さて、日本とモザンビークとでは置かれた状況が大きく違うのだが、日本の消費者には何ができるのだろうか。

ジルベルト・シュナイダー まず、できることとして一つ大切なことは種子を守ることだ。タネは食べ物につながっていく。健康的な食べ物は、健康な消費へとつながっている。つまり、一人一人の人間としてできることは健康的な食生活を送ることだ。各家庭でやれることは地元で採れた野菜を食べることだ。

モノカルチャー生産や家畜飼料も見直す必要がある

 ブラジルのいまの農業生産は、伝統的な暮らしから見れば、大豆のモノカルチャーである。その大豆には水を介して農薬や化学肥料が染み込んでいる。そして、大豆は家畜飼料とも関係している。つまり、家畜の餌のことも考えなければならない。それも健康的な生産にしなければならない。鶏の飼育は集約的であるために 土壌にストレスを与ている。わずか30日、35日で飼育して屠殺している。おなじことは化学的に栽培されている作物にも言える。消費者は意識を持って消費をする。生産者も意識をもって生産することが大切である。

まっとうな肉を消費することが小規模農家の支援につながる

印鑰智哉 ブラジルのスーパーにおかれている肉のほとんどはこうした生産をされている。ということは肉を食べれば食べるほどブラジルの環境を破壊する。逆にはそうではないように生産された肉を食べることが小農民の支援になる。さて、次に女性たちの状況で日本人に訴えたいことをモザンビークからお願いしたい。

在来種で自給できることを示したい

モザンビーク女性A 私たちはGMOではない種子が欲しいし化学肥料も使いたくはない。値段が高い化学肥料や農薬を使いたくはない。そして、さほど手をかけなくても種子を継承していくことはできる。多くのことは必要ではない。在来の種子であれば栽培することはたやすい。

モザンビーク女性B 私たちの種子はモンザンビークで消費していきたいタネである。それは、農民にとって大切なものであるし、多くの農民が使っている。私たちは、コメやトウモロコシ、マメを作り、消費するものを自らの手で作って自給するという事例を示すことで、私たちが使わない種子、使いたくない種子を見える化したいと思っている。

自分たちが食べない物を薦めるというのはおかしい

モザンビーク女性C 私たちはGMOを使いません。なぜかというと彼ら(多国籍企業の人々)が食べるための農作物を作るための別の土地が用意されているからだ。彼らは「化学肥料も使え」と言ってきている。けれども、奇妙なことに、こうした特殊なやり方で農産物が生産された時には購入するのだが、生産はさせるけれども彼らは決して消費をしない。つまり、彼らは使えない作物を作らせようとしている。ここからわかることは、化学的に生産されたものは健康に良くないということだ。そこで、もしできるならば皆さんにこう言いたい。是非、私たちの国にいらして「アフリカン・チキン」を食べていただきたいと。二つの料理がある。肉は少し硬いが、とても味わい深い。私は人工飼料で育てられた鶏のことは知らないがきっと体に悪いと思う(拍手)。

金がなければならない社会にさせられる

モザンビーク男性 日本は先進国だし、モザンビークは開発途上国である。全く異なる国だし、日本に学ぶことが多い。モザンビークは識字率が低いし、それが国民の認識の低さにもつながっている。上から与えられるものはいいものだと思ってしまっている。タダほど高いものはないということわざが我々にあるように、日本は決して善意でプロジェクト事業をやってはいない。日本で学ぶ手法はアグリビジネスである。そして、それしかこの世にはないように考えさせられるようにさせられていく。特定の畑で栽培する時には種子を買うことが必要となり、お金がなければ種子が変えなくなっていく。

日本は金がなくても生きられる過去の社会を学んで欲しい

 そこで、今、我々も学んでいる段階なのだが、我々に合致したモデルを模索している。そして、互いに学んでお互いの弱みを改善する時期になっていると思うのだ。我々はマネーがなくても生産できる。3カ月は生きていける。日本で生きていくにはポケットにお金がなければならないが、我々はその必要がない。これを我々からのメッセージとして伝えたい。 日本の農民は種子は作らないとの話があったが、我々と交流することで、日本は自分たちの昔を懐古できるものがあると思う。そして、金銭的な努力を有機栽培に向けることもできる。過去にあった種子を回復し復活できるではないか。復活させるために投資をしてもいいではないか。

暮らしに対する無関心さが歪んだ社会を作り出している

印鑰智哉 お話を聞いているとモザンビークから学ぶことが多い。そして、なんとか政治を変えなければならないということが見えてくる。誰か、今度の参議院議員に出ないかと。誰か如何でしょうか。

saito.jpg斎藤博嗣 2015年12月5日に上智大学で行われた「第35回・国際シンポジウム『食と農を支配するのは誰か?~グローバル化時代における社会運動、民主主義、人権への新たな課題』で、モザンビーク全国農民連合のビセンテ・アドリアーノ・ビセンテ氏からアルータ・コンティヌア(A luta continua= 戦い続けよう、モザンビーク独立戦争時のフレーズ)」という言葉を教わった。さて、いまの日本は拝金主義、資本主義に毒されているため、圧倒的多数の無関心層には、今日の話題が敏感に感じられない。マジョリティの人たちは無関心だし「安く輸入するのがなぜいけないのか」で終わってしまっている。現在の政権を支え、JICAの開発を動かしているのは人々の無関心である。つまり、暮らしに対する認識度が足りない。

 昨日も会議に参加させていただいて両国は決して対等な関係ではないと感じた。日本の社会の中でいくら「連帯している」と思っていても、圧倒的に有利なG8側の声はかわいた言葉としてか彼らには受け止められないであろう。北側のフレームでしか小農民の声が聞けないのが残念に思えた。

農民が解放されれば圧政している側も解放される

 そして、いま日本では環境に優しい、体にうるおいを。そして、外国人労働者を解放と奇麗な言葉が並んでいる。けれども、こうした政府に対してはパウロ・フレイレの言葉。農民が自由になれば抑圧者も解放するを送りたい。3カ国民主会議。日本は大豆の輸入国だが、この食卓の向こう側で1日に3回投票できるのである。

印鑰智哉 連帯を継続していくことが大切だということですね。

小池絢子 WE21 

 私からまとめをしたい。シンポジウムそのものが素晴らしいまとめとなっているのだが、タネの問題は、生きるために食べることが必要であるということ。そして、世界の動きに反して日本では農薬とGMOの規制緩和が進んでいることが見えてきた。また、課題として女性、つまり、家族農業を進めていく裏には女性の無償の労働が進められるということも指摘された。

 とにかく、今日は発表された方がすべて実践者であった。大切なのはこの先である。今日は100人以上の方が集まった。参加された一人一人が行動を起こすことだと思う(続)。

(注)帰国後の人権を考慮してモザンビークの登壇者の方は表記していません。

【画像】
金子友子氏の画像はこのサイトより
松平尚也氏の画像はこのサイトより
斎藤博嗣氏の画像はこのサイトより


posted by José Mujica at 13:21| Comment(0) | 講演・学習会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする