2018年12月04日

農業生産がダウンしたっていいんじゃない~牛を草原に放ち、食を健全化すれば、気候変動を防ぎ欧州は自給できる

気候変動に対処すべく持続可能開発研究所がアグロエコロジーに着目

「ヨーロッパ人たちのための食料保障を担保しつつ、農薬を段階的に排除していく。そして、気候変動や生物多様性の減少への農業の影響を減すことは可能だ」(2)

 フランスのシンクタンク持続可能開発国際・関係研究所の研究者、ジャマリー・オベール博士は、2018年9月13日にパリのAgroParisTechにおいて開催された会議においてそう語る(1,2)

Laurence-TubianaS.jpg この研究所は、2015年12月の国連気候変動パリ会議(COP21)で特別代表を務めた欧州気候基金のローレンス・トゥビアナ理事長が創設した。2014~2018年6月にかけては、テレサ・リベラ・ロドリゲスが所長だった。その後、氏は、スペインのサンチェス政権でエコロジー・トランジション担当大臣に就任する。

Teresa-Ribera.jpg 現状を確認し、持続可能な発展を発展させるためのツールを提起することを狙いとし、独立した政策研究所として多様なステークホルダーが対話をするためのプラットホームとなっている(2)

 9月13日に発表されたのは「欧州アグロエコロジー10カ年計画」(以下10カ年計画)の研究だが(1)、これだけでなく、欧州委員会のDG Agri(Directorate-General for Agriculture and Rural Development)は、持続可能な農業に関していくつかの研究プロジェクトを推進するため、同研究所と契約を交わしている(2)

健康的な食という切り口から農業問題を考えてみる

 有機農業に転換すれば生産量が低下する。これは客観的な事実としてある(2)。この現状を受けて、気候変動に対処し、環境を保全しつつ、どうすれば欧州を養うことができるのか。それが、彼らの課題だった。

Pierre-marie-aubert.jpg ジャマリー・オベール博士はこう説明する。

「気候変動や生物多様性に対する影響を軽減することと農業生産性との向上とをむすびつけることはできません。ですから、農業の将来に関する現在の議論は遅れているのです。一見すると正反対に思えるこの状況を克服するため、私たちは逆から問題を見てみることとしました。そして、こう問いかけてみたのです。ヨーロッパ人にとって健康的で持続可能な食べ物には何が必要なのだろうか。そのための農業モデルはどのようなものであろうかと」

 研究リポートがヨーロッパの現在の食習慣によって生じる健康への影響から始まっているのはそのためだ。そして、研究はこう述べる。

「糖尿病、肥満、心血管疾患と食事と関連した病気がただならぬ率で増えている。そして、ヨーロッパでは大量の食料が生産され、我々は飽食をしているが、その食事の内容はWHOや欧州食品安全機関の推奨とは異なり、栄養的にアンバランスである」(2)

 そう。現在の農業フードシステムには問題がある。だから転換が必要である。この警鐘は、環境だけでなく、健康からも寄せられてきていたのだ(1)

食を変えれば温暖化を防ぎ生物多様性を満たしながら自給できる

野菜やマメ多く、肉やミルクは少なく

 一方で、欧州全域では有機農産物への消費需要が増えつつある。これは、自分たちが日々口にする食べ物と健康との関係を消費者がますます懸念していることを示している。そう、とジャマリー・オベール博士は指摘する(2)。そこで「10カ年計画」のシナリオは、欧州食品安全機関による推薦と一致して、まず食事のバランスを取り戻すことから始めた。より多くの穀類、果物、野菜、タンパク質作物、そして、より少ない肉、卵、魚、酪農製品である(1,2)

生物多様性を活かすことで化学肥料と農薬を削減

 10カ年計画では、生物多様性や天然資源を保全するため、ヘッジ、池、樹木、石垣といったアグロエコロジー的なインフラの充実とともに、地力向上のための厩肥の利用や輪作といった緑の農業の実践を採択することで、化学肥料や農薬を段階的に削減していく(1,2)

ウシの大放牧のため草原を再生

 また、類似した研究とは異なり、このシナリオでは、アグロエコロジーへの転換の中心に自然な草原を再び開発し、ウシを放牧させる(より小さな範囲では羊とヤギ)ことを据えている(1)

大豆輸入の停止

 さらに、このシナリオはアグロエコロジーへの転換に、大豆輸入の停止も組み込んでいる(1)。ジャマリー・オベール博士は言う。

「今日、EUは、牛の家畜飼料として南米から大量の大豆を輸入しています。それは、3500万㏊の農地に匹敵します。ですからアグロエコロジー的な転換では農業セクターを大きく変容させることにつながるのです」(2)

生産性は35%も低下するが医学的には健康に

 この転換の結果、2050年には、ヨーロッパからのグローバルなフードフットプリントが大きく削減できる(1)。農業からの温暖化ガスの放出量を40%も削減できる。そして、生物多様性を回復させ天然資源を保護できる(1,2)

 研究では、2050年時点での生産水準を定量化するため、現在の有機農業での収量を用い、それに、遺伝学や作物育種や家畜管理の研究進歩を加えてみた。とはいえ、2010年でのkcalで比較してみると(1)、このシナリオでは、作物の生産性は10~50%、35%低下する(1,2)

「これは農民の利益がより少ないことを意味します。ですが、農業投入資材の購入量も減り、マネーが節約されることでこの損失は相殺しうるのです」(2)

 さらに、重要なことは、無農薬・無化学肥料へのアグロエコロジーへと完全にヨーロッパを転換したとしても、自然な草地への転換や生物多様性の要素を拡充することで、2050年には領域内の5億3000万人を持続可能に健康的に養えることがわかったことだ(1)。のみならず、海外大豆への依存を大幅に減らし、かつ、欧州からの穀類、酪農製品、ワインを輸出する余力も維持できるのだ(1,2)

 ジャマリー・オベール博士は言う。

「2050年には、温室効果ガスの排出量を40%減らし、生物多様性を回復しながら、アグロエコロジーによってヨーロッパが養えることが私たちの研究からは示されたのです」(2)

 そして、FAOはこう指摘している。

「環境的なインパクトが低い食事は、食料保障と栄養保障、そして、現在や将来の世代の健康的な暮らしに寄与する。持続可能な食は、生物多様性と生態系を重んじ、文化的に許容でき、アクセスできて、経済的に公平でアフォーダブルである。天然資源と人間資源を最適化しつつ、栄養的に適切で、安全で、健康的なのである」(1)

転換のための農業の問題

 気候変動が緩和でき、なおかつ、食の内容をより健康的なものとして養えることがわかった以上、10カ年計画の次のステップは、アグロエコロジーを一般化した際に、それが、社会経済的にどのようなインパクトがあるかであろう。この研究もすでに着手されている(1)

 とはいえ、10カ年計画のシナリオ、農業仮説は、農業生産水準がどうあるべきなのか、そして、こうした転換を実施するため関係する政策的な課題で議論を呼んでいる(1)

地域気候区分毎での研究に資金を出すことが大切

 アグロエコロジー的な研究をさらに進めて、例えば、小気候的な状況毎に応じて育種や収穫管理の技術を地域化していくことが生産低下を制限するうえで必要である。地域毎での増収を得るための研究のために、公的資金をどのように向け直すかが問われている(1)

持続可能な食のため関わる主体と部局間政策の連携

 また、この政策実施での主体は、生産者だけに限られない。加工業者だけでなく、消費者、政策立案者も関係してくる。政策に関しても、持続可能な食の問題に対処するためには、農業政策は当然のことながら、貿易政策、土地利用政策、健康、環境、産業政策も関係してくる。そして、一貫性を欠く多数の分野の政策がバラバラに展開されているのが現状なのだ。 こうした政策をどのように調整し、かつ、何が政策の推進力となり、何がネックになっていくのか、その要因を特定していくことも大きな挑戦である(1)

 ヨーロッパの食物委員会(European food council)のためのIPES-Foodの提案は、すべてのステークホルダーがかかわり、最も狭い領域レベルでも働き、共通食料政策(common food policy)の定義を介してそうした調整を促進できる。この意味で、探求するための重要なアベニューであるように思える(1)

【編集後記】

 ジャマリー・オベールという研究者が大変なリポートを出していることを知ったのは、印鑰智哉氏の11月29日のフェイスブックにおいてだ。氏は日本の農業政策と世界の農業政策との乖離を問題視されているのだが、長年有機農業政策をトレースしてきたつもりの私からしても、「まじかよ」と首をかしげたくなるほどラジカルな研究が多い。残念ながら「有機農業では養えない」というのが筆者なりの結論であり、2009年に「有機農業で世界が養える」という洋書の翻訳がコモンズからでたときには「時期尚早ではないか」と批判の文章を書いた記憶がある。

 ナチス・ドイツが有機農業を推進していたことは、京都大学の藤原辰史准教授の著作を紐解けばすぐにわかるのだが、この書物はナチが「収量があがる」としたデータを扱い、収量が低下するデータがカットされる等、かなり危ない部分があったからだ。

 けれども、今回はかなり自信をもってこのブログを書いているのには、理由が二つある。ひとつは腸内細菌の研究から、カロリーよりもミネラルやビタミンの方が大切であって、食を健全化することが自給率とも深くかかわることが見えてきたことだ。これについては築地書館から「タネと内臓」という本がでている。

 土牛微生物.jpgまた、草原転換も以前には目にできないキーワードだった。有機農業といえば、堆肥と輪作しかないというのがオーソドックスな世界観だったからだ。けれども、アグロエコロジーになったことで、ここに牛と草原が登場した。ちなみに、これについても同じ築地書館から「土、牛、微生物」という本が出ている。ここでは牛と草地を見直せということがキーワードとなっている。どうも農政もかなり発想を柔軟にして考えなければならない時代になってきたようだ。
(2018年12月4日投稿)
【人名】
ジャマリー・オベール(Pierre-Marie Aubert)博士の画像はこのサイトより
ローレンス・トゥビアナ(Laurence Tubiana)の画像はこのサイトより
テレサ・リベラ・ロドリゲス(Teresa Ribera Rodríguez)教授の画像はこのサイトより
土牛微生物の画像はこのサイトより

【用語】
持続可能開発・国際関係研究所(Iddri= Institute for Sustainable Development and International Relations)
欧州気候基金(European Climate Foundation)
ヨーロッパにおけるアグロエコロジーのための10年(TYFA=Ten Years For Agroecology in Europe)」
欧州食品安全機関(EFSA=European Food Safety Authorit)

【引用文献】
(1) Pierre-Marie Aubert,An agro-ecological Europe by 2050: a credible scenario, an avenue to explore, Sep17, 2018.
(2) Claire Stam, Agroecology can feed Europe pesticide-free in 2050, new study finds,Sep18, 2018.


posted by José Mujica at 06:00| Comment(0) | アグロエコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする