2017年12月21日

なぜか世界の潮流とズレている種子法廃止

種子法は新品種開発の疎外要因になっていない

 種子法を巡る最初の改革は1986年に民間事業者が主要農産物種子事業への参入を認められたことにまでさかのぼる(p74)。この法改正によって種子法を巡る議論は収束したかに見えた。けれども、20年後の2007年に再び種子法は改革の俎上にあがる(p75)

 2007年4月20日「地域活性化ワーキング・グループ第2回農林水産業・地域産業振興タスクフォース」においてこう指摘されたのである。

「民間の新品種が奨励品種になることが極めて困難との指摘がある。こうした現状では新品種の種子開発の疎外要因になるのではないか」

 けれども、これに対して、農水省生産局の竹森三治農産振興課長は、そうではないと否定し(p75)、稲で2品種、小麦1品種、ビール会社が育成した二条大麦7品種をあげた。さらに、同振興課長は2006年12月に都道府県に対して実施したアンケート結果も紹介し、優良な民間育成品種があれば奨励品種に採用したい意向を持つ県が多数あるとして「本制度が新品種の種子開発の疎外要因になっているとは今のところ考えてはおりません」と答えた(p76)

 「優良な品種であれば、民間の育成品種でも積極的に奨励品種に採用するため、民間の種子開発の疎外要因になっていない」というのが当時の農水省の答弁だったのである(p76)

種子法廃止の引き金となった2016年の小泉PT

 けれども、10年後にその見解は180度転換する。普及している稲の品種のうち、13%は民間企業によって開発されているにも関わらず、「民間企業が開発した品種は都道府県が開発した品種と比べて、特に優れた形質などがないと奨励品種にはしてされない」とその見解を逆転させる(p77)

 この種子法廃止に向けた動きの伏線は、小泉進次郎氏が委員長を務め、2016年1月から始まった自民党の「農林水産業骨太方針策定PT」から始まる。「農業競争力を高めるために何をすべきか」という投げかけに対して、農水省は自発的に種子法が種子産業の障壁になっているとの資料を出すのである(p77)

 2016年2月4日には、TPP協定の署名式が行われ、その交換文書には「日本政府は米国の投資家の要望を聴取して、各省庁に検討させ、必要なものを規制改革会議に付託して、規制改革会議の提言に従って必要な措置を取る」となっている(p70)。そして、前述したのと同じ資料が、規制改革推進会議にも提出されるのである(p77)

 規制改革推進会議とは、TPP日米二国間協議の合意によって、外国人投資家の意見・提言を付託する器官として設置されたTPP前倒しのための推進機関である(p56)。そして、2016年10月6日の「規制改革推進会議農業ワーキンググループ」と「未来投資会議」の合同会合において、種子法廃止が初めて提起されるのである(p27,p70)

 この会議に提出された資料に「国は国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に生かした開発・供給体制を構築する。そうした体制整備に資するため、地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農産物種子法は廃止する」の一項が掲げられた。そして、翌11月に政府が決定した「農業競争力強化プログラム」にほぼそのまま継承されたのである(p28)

種子の値段があがれば競争力強化と矛盾する

 けれども誰しもが疑問に思い首を傾げたくなるのは、民間企業にゆだねた場合に種子の値段があがるであろうことである(p28)。現在では、生産費全体に占める種子価格の割合は稲では2%台、小麦で4%、大豆で5%だが(p58)、民間種子は公的種子の5~10倍もする(p58)。例えば、各都道府県の奨励品種の種籾価格は400~600円/kgだが、F1多量品種として知られる「みつひかり(三井化学アグロ)」のそれは4000円/kgと高い(p28)。つまり、生産者の所得向上や生産資材価格の引き下げと矛盾するのである(p29)

種子法廃止に伴う4つの付帯決議

 2017年2月には閣議決定され、衆議院農林水産委員会では5時間足らずの審議で可決、新聞、テレビでもほとんど報道されなかった(p70)。その後、種子法廃止案を参議院農水水産委員会が可決した際に、この廃止案に賛成したのは、自民党、公明党、日本維新の会の3党である。そして、これに民進党を加えた4党が共同提案した付帯決議があわせて採択された(p30)

 それは、主要農産物の種子の国内自給および食料安保に果たしてきた多大な役割をふまえたうえで以下の4項を掲げたのである。

①種子の品質確保のため種苗法に基づき適切な基準を定め運用する

②都道府県の取り組みの財源となる地方交付税を確保し(1998年に補助金が廃止され一般財源化された地方交付税の一部に組み込まれたため)、都道府県の財政部局をふくめ周知徹底に努める

③都道府県の育種素材を民間に提供するなど連携にあたっては種子の海外流出を防ぐ

④外資を念頭に「特定の事業者」が種子を独占し弊害が生じないよう努める

 これだけの付帯決議が掲げられたことは、廃止法案に賛成した与党議員でさえも、各項に示された不安を抱いていたに他ならない(p30)

外資に配慮した動き

 種子法廃止が決まったのと同じ国会では「農業競争力支援法」も成立している(p31)。そして、同法第8条3項では農業資材について「生産規模が小さく、事業者の生産性が低い銘柄について集約を促進する」こととしている。ここには、民間の三井化学等が全国に販売できるように数種類にする意図がうかがえる(p71)

Setsuko-Yasuda.jpg また、同法第8条4項では民間活力を最大限に「独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」とされている(p31,p72)。すなわち、日本政府は外資を含めて過剰なほどに民間に対する「イコールフッティング(対等な競争ができるための条件整備)」を強調している(p31)

 このことから、食の安全性や種子問題に詳しい安田節子さんは「多国籍種子企業らが種子法廃止を提言したのではないか」と憶測する(p56)

ユポフがポイント~知的財産権を武器にラ米を駆け抜けたモンサント法

 実際、多国籍種子企業は、公的種子や農家の自家採取をなくし、自分たちの会社が開発した種子に置き換えようとしている。種子法廃止もこの流れの一環にある(p57)。多国籍企業の野心は1991年に改定された植物の新品種の保護に関する国際条約、「植物新品種保護条約(ユポフ=UPOV)」でも見て取れる(p57,p60)

 この条約は、もともと育成者の知的財産権を保護するためにできた(p60)。けれども、1991年の改正では多国籍種子企業が参加する「国際種苗連盟」が主導し、特許権と育成者権の二重保護を認める等、種子開発者の知的財産権を著しく強化したものとなり(p57,p60)、農家の自家採取の禁止(ただし、各国の裁量で例外が可能)も盛り込まれた(p58)。そして、この条約を批准した各国は国内法を整備しなければならないのである(p60)。このユポフを武器に、農民たちが自分で種子を保存したり、保存した種子を他の農民と交換することを禁止・制限する「モンサント法」が2012年3月のメキシコを皮切りに、コロンビア、チリ、グアテマラとラテンアメリカを吹き抜けることになる(p60)

モンサントに支配されたらどうなるか

Tatsushi-Fujiwara.jpg 京都大学の藤原辰史(1976年~)准教授は、近現代史は、あらゆる公共性と共有制を私有化し、自然と身体を「土地商品」と「労働力」へと商品かし、苛烈な市場競争にさらすことで、民間企業の市場拡大を進めていく歴史だったと指摘する(p15)

 そして、種子が所有物となった事件として1998年にカナダの農民、パーシー・シュマイザーがモンサントが開発し特許を有する遺伝子組換え種子を増やしたとして訴えられた事件をあげる。種子は近所から風で飛んで来て自生したものだが、それが特許権の侵害とみなされたのである。最高裁ではモンサントが求めていた損害賠償や訴訟費用の支払いは却下されたが、シュマイザー氏は敗訴に終わった(p15)

Tomoya-Inyaku.jpg 印鑰智哉氏は、モンサントに支配されたゆきつき先として、パラグアイの事例をあげる。パラグアイでは日系農家が遺伝子組換えではないダイズを作り続けて来た。けれども、遺伝子組換えではないダイズの種子の入手が困難となり、農場試験場でダイズ栽培をサポートしていた人もいなくなり、遺伝子組換え意外の農薬もなくなり、ほぼ100%遺伝子組み換えダイズとなってしまったのである(p64)

 メキシコもその主食はトウモロコシとそれから作るトルティーヤであり、1994年には全国に7000もの品種があり自給されていた。けれども、1994年に米国、カナダと北米自由貿易協定(NAFTA)を結ぶ(p91)。そして、2012年3月にこのメキシコを皮切りに、モンサント法案が上陸してくる(p60)。そして、一気に種子は塗り替えられた(p91)

モンサントを支援する知的財産権を保護する種苗法

 近年、知的財産権としての育成者権が強化される方向にあり、日本では花等の園芸品目を中心に農家の自家増殖を制限する品目が増えている(p32)

 この新品種の登録制度等、品種育成者の知的財産権を保護することに重きを置いた法律が、種子法とよく似た種苗法である。農産種苗法(1947年)が1978年に種苗法となり、1991年に全面改定されたものだが、この種苗法では品種登録された品種について、種苗の生産や販売を独占できる「育成者権」を認めている(p32)。そして、民間種子が席巻すれば、種子の多様性が失われる。FAOによれば、20世紀の100年で植物の遺伝的多様性の75%が消失したという(p58)

抵抗するラ米の農民たち

 けれども、種苗法での育成者権には例外があり、農家が自分の経営の範囲内で再生産のために自家増殖することや新品種育成の交配親にするために栽培することは可能である。そして、農家の自家採取・増殖は「農民の権利」として国際的にも認められている(p32)

 そして、ラ米では農民たちはモンサント法に抵抗した。コロンビアでは法の施行日から農民たちが全国の幹線道路を封鎖し、学生たちも農民の戦いに呼応し、国中が麻痺する状態に陥り、政府はこの法の施行を2年凍結せざるをえなくなった。チリではTPPとセットでもたらされたが多くの市民の批判を受けて廃案となった。ベネズエラでは法案を葬り去るだけでなく、逆に遺伝子組換え種子禁止法を制定した。コスタリカでも同法が押し付けられてきたが、生物多様性を守る国内法が成立したことから農民の種子を守る権利が守られた(p61)

2008年の食料危機から転換した世界との流れと逆行する日本

 2008年の世界の食料危機を受け、国連貿易開発会議は『遅すぎる前に目覚めろ』というタイトルで2013年に企業的大規模農業モデルの転換を訴えるリポートを発表した。FAOも長らく企業的大規模農業化を推進してきたが、この食料危機を契機に方向を転換し、2014年を国際家族農業年として、小規模家族農業が持つ意味を再認識する。そして、アグロエコロジーこそを今後の農業の進むべき道として認識した。フランス政府も2014年に「農業未来法」を制定し、アグロエコロジーを核とした小規模家族農業の推進を決めている(p66)。ドイツも2013年の特許法改正で生物特許を禁止した(p59)。広く世界を見渡せば、日本の動きだけがズレているのである。

 印鑰智哉氏によれば、グアテマラではワールドカップで国中が湧いている2014年6月にどさくさでモンサント法が国会で成立したが、その後、連日のデモが繰り返され、憲法裁判所も違憲と判断し、国会も撤廃法案を成立させた(p61)

Masahiko-Yamada.jpg けれども、日本は違う。山田正彦(1948年~)元農水大臣は、2年半にわたって7回の公判を開いてTPP違憲訴訟をしてきたが、6月7日にその訴えは却下された。その理由は「いまだにTPPは発効されておらず、それに伴う国内法の改正施行もなされておらず、国民の権利義務に何らの変化もない」というものであった。けれども、すでに種子法は廃止され、採種農家の職業選択の自由(憲法22条)、消費者が安心して安全な米を食べる権利(憲法13条)が奪われていると述べる(p73)

 種子法廃止をさらに掘り下げることによって、この国においては憲法以上の何かの権力が関係省庁を動かしていることが見えてくるのである。これほど奇妙なことがあろうか。

編集後記

 「種子法廃止は良いことだ。日本農業の競争力強化につながる。だから、種子法廃止に反対する気が知れない」。極論すれば、そんな見解を述べる人もいる。実際、超弩級のベストセラー『日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率』 (講談社+α新書)の著者、浅川芳裕(1974年〜)氏は、そうした見解を持っているという。実際、種子法や遺伝子組換え問題を勉強し始めると、わけがわからない専門用語が出てきて挫けてしまう。けれども、一つ一つ本を読み、ネットを検索していけば理解が深まっていく。例えば、「種子法が廃止されても種苗法の中に位置付けられたから大丈夫」と思っている人は、種苗法が「植物新品種保護条約(ユポフ=UPOV)」と連携していることをまず予備知識として知らなければならない。そして、「UPOV=Union internationale pour la protection des obtentions végétales」なるフランス語の専門用語を「ユポフ」と発音することは、この駄文のまとめの原点となった「種子法廃止でどうなる?(2017)農文協ブックレット18」に寄稿された印鑰智哉氏の論文で知った。この小さなブックレットは、2017年12月16日に練馬で開催された山田正彦元大臣の講演会の場で買った。本も一つの本当の出会いである。何が正しく何が誤っているのか。我が身を守るためにも「知」はひとつの武器になる。共に理解を深めてゆこうではないか。
 (2017年12月21日投稿)
【画像】
安田節子氏の画像はこのサイトより
藤原辰史准教授の画像はこのサイトより
印鑰智哉氏の画像はこのサイトより
山田正彦元大臣の画像はこのサイトより

【引用文献】
種子法廃止でどうなる?(2017)農文協ブックレット18


posted by José Mujica at 07:00| Comment(0) | 種子法廃止 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください