2017年12月01日

種子保全と小規模家族農業との深い関係

主要農産物種子法は何を果たしてきたのか?

野菜のタネの自給率は2割?

Shouya-Matsudaira.jpg 松平尚也氏は、有機農家で、京都大学大学院研究科に在籍して、世界の持続可能な農や食について研究も行い、農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリストである。氏は、タネへの関心が市民社会の間で広がっていると指摘する(1)

 氏によれば、その理由は、日本で使われている最近の野菜のタネは、一代交配種と呼ばれ、次世代にタネを残せない種類がほとんどを占め、固定種と呼ばれるタネ取りができる種類はほとんど栽培されていないためである。日本の食料自給率は約4割前後で推移しているため、世界で食料が不安定化した際の影響が大きい。けれども、タネの自給率はさらに低い。2012年12月25日~27日にかけて朝日新聞で掲載された「食卓のタネあかし」によれば、野菜のタネは8~9割を輸入に依存しているのである(1)

 すでに民間が主体となっている野菜等の種子では、圧倒的な技術力と資本を持つ数社の多国籍企業が中小の種苗会社を次々に買収して世界中にシェアを拡大している。今スーパー等で販売されている野菜の多くも、そうした多国籍企業の種子となっている(4)

主要農作物の種子は国内産

 けれども、日本の食卓を支える主要な農作物である米や麦、大豆に関しては、どの農家にも安定して行きわたるように国内でしっかりとタネ取りが行われてきた(1,2)。基本的にこうしたタネは農協や専門店を通じで農家に供給されているために販売されているのを見たことがない人も多いが(2)、国や都道府県の試験研究機関や農協と農家等が連携して育種=タネ取りがされてきたのである(1,2)。例えば、全国米麦改良協会の調べによれば、コメに関しては、毎年タネを買う農家が年々増え、70年代に約3割だった種子更新率は、いまでは9割まで上昇している。この更新率上昇により良質なコメが食卓に届けられるようになった(2)

京都でのコメの種採りの歴史

 日本では、主要穀物のタネ採りは近世から高い技術と力を持った農家によって行なわれ始め、そこからタネ屋が生まれ、国が関与する公的な種子事業は近代以降に始まったという歴史的な経緯がある。京都府の水稲の採種事業は1912年(大正元年)に始まった。この年に初めて種採りをする水田が設けられて、1950年からは採種指導も行われてきた。1960年には京都府採種組合連合会が設立され、1970年に京都米振興協会に合併されて今日に至っている。松平氏が住む京都市右京区京北は、京都府有数の水稲採種産地で、半世紀以上、コメのタネがつくり続けられてきた(2)

コメの品種維持は手間とコストがかかる

Masahiko-Yamada.jpg 山田正彦(1948年~)元農業大臣は「コメ等の種籾を作るためには最低4年かかる。種子をどう過不足なく生産し、普及させるか、そのためには綿密な種子計画を作る必要がある」と述べる(7)

 そして、山田元農業大臣は現場の状況をこう語る。

「私は茨城県の農業試験場で原原種を生産している現場を見てきた。生育が遅れたり速かったりバラバラである。それをすべて「異株(いかぶ)」として取り除く。もし、放置しておくと種子とは不思議なもので先祖返りして赤米になってしまうのである。茨城県の農業試験場で聞いたところでは、福井県から50年前の育種株を持ってきたが、いまそれを福井県に戻しても根づかないだろうと言われた。つまり、もう茨城のコシヒカリになっているのである。このように種子は土地柄によって風土が違うために変化していく」(6)

 イネの採種では別品種が混入するのを防止するため、地区ごとに採種する田んぼを分ける。工程ごとの確認も厳しく、きちんと植え付けられ育っているか確認もされる。穂が出てからも審査を受け、適切な水田だけが合格し、収穫許可が出される。刈り取りも専用の機械を用意し、最後まで別の米品種が混在しないよう管理される。そして、合格したタネのみが流通を許され厳重に保管されるのである。さらに、こうした確認や審査は、「種子審査員」が全ての水田を確認し、農協や農家の役員が全員で巡回して行われる。この工程でできたタネを購入すると審査証明書が付いており、タネが混在した場合には、どの農家で混在したのかが追跡できるシステムになっているが、採種農家の苦労は多く、経営も厳しく後継者が育ちにくいといわれる(2)

地域の種子を守ってきた法律

 こうした作業や審査の予算の根拠となり(2)、タネ取りを守ってきたのが、稲、麦、大豆のタネの生産や普及を都道府県に義務づける主要農作物種子法であった(1)。龍谷大学経済学部の西川芳昭(1960年~)教授はyoshiaki-Nishikawa.jpg「種子法は、コメや麦、大豆といった主要作物について、優良な種子の安定的な生産と普及を『国が果たすべき役割』と定めている法律である。種子の生産自体は、都道府県のJAや普及センター等が担っているが、地域に合った良質な種子が農家に行き渡るように、種子法の下、農業試験場の運営などに必要な予算の手当などは国が責任を持って担ってきたと語る(1)。山田元農業大臣も「種子法そのものは8条からなるシンプルなものだが、その法のもとに運用基本要綱が定められ、各都道府県での種子行政の基礎となってきた」と述べる(7)。つまり、種子法は、タネの品質を保持し、農家に安定した価格でタネを供給するという大きな役割を担ってきた(1)

国民を二度と飢えさせないという国家的意志の具現化

Shuji-kuno.jpg 種子法は食料確保を目的にサンフランシスコ講和条約が発効された翌月、1952年5月にに制定された法律である(1,4)。京都大学の久野秀二教授によれば、この制定の背後には、戦中・戦後の混乱で国家的なタネ取りが機能停止に陥り、種子の品質が低下し生産普及体制の立て直しが必要だったという時代背景があった(1)。食糧難を経験した日本が国家主権を取り戻すのとほぼ同時に『食料を確保するためには種子が大事』と取り組んだのがこの種子法の制定である。西川教授は「私はそこに二度と国民を飢えさせない。国民に食料を供給する責任を負うという国の明確な意思があったと考える」と主張する(4)。「国が独立していくためには、こうしたものをしっかりと守ることが必要で、国家の独立と国民を飢えさせないというテーマとは重なるのである」と山田元農業大臣も指摘する(6)

主要農産物種子法が廃止されるとどうなるのか?

直ちには影響はないが、種子が値上がりし、食品価格に転嫁される懸念

 それでは、種子法が廃止されると、コメや麦等の種子を巡る状況はどう変化していくのであろうか。西川教授は言う。

「種子の生産・普及事業にかかる費用が国から出なくなる懸念がある。今回は、種子法廃止後も従来通りに都道府県の種子生産に予算が確保されるよう国に求める付帯決議が採択された。そして、これまで種子生産に取り組んできた米どころの行政担当者は種子の生産を継続する意欲を示している。とはいえ、予算の『根拠』となっていた種子法がなくなることの影響は未知数である(4)

 種子法が廃止が廃止されたからといって、種子を巡る状況がすぐに大きく変わることは恐らくはない(2,4)。とはいえ、公的資金のサポートがなくなれば、将来的には生産コストが上乗せされて種子の価格が跳ねあがり、食べ物の価格に影響が出るかもしれない(4)。何年後か何十年後かに地域農業や食卓に大きな影響を与える可能性がある(2)

 松平尚也氏も「作業や審査の予算の根拠となっていたのが種子法だった。それがなくなると、こうした体制はコストがかかるとされ維持ができなくなることと懸念される。種子事業縮小によって採種コスト上昇が起こり、タネの価格が高騰する可能性もあり、農家としては非常に不安に感じる」と述べている(2)。現実に、都道府県が主体となって開発された600円/kg弱の米に対して、三菱化学や三菱商事が開発に関わった「夢ごごち」は4000円/kgもする(3)

公共資産である地域の多様な種子が失われる~愛知県が誇るミネアサヒ

 例えば、西川教授によれば、愛知県の中山間地で栽培されている「ミネアサヒ」は大変食味のよいコメで、三河地方以外ではほとんど流通せず、いわば『まぼろしのコメ』として地域振興の資源となっている(4)。「ミネアサヒ」は標高300~600mという山間地での栽培に向く小地域向けの品種である。こうした品種の開発は利益が出るまで10年以上と時間がかかる(2)。つまり、こうした地域品種の種苗が供給され続けてきたのも公的な制度や予算の基盤があったからこそである(4)。ミネアサヒのように特徴はあっても小規模にしか栽培されていない品種は、種子法廃止によって将来的に消滅してしまうことも考えられる(3,4)。 

 約5000点の種子を保管している広島県の農業ジーンバンクが『種子の貸し出し事業』を実施して、一度は作られなくなった作物を地域の特産品として復活させている。また、固定種として農家が自家採種を続けてきたカブ「清内路あかね」から品質の揃ったF1品種を作り、民間種苗会社の協力を得て種子を供給している長野県の事例や、大分県の大手焼酎メーカーが、地元の農業試験場が開発した大麦を上乗せ価格で買い取り商品化している事例もある(4)

公共の資産という種子概念が失われれば地域文化も失われる

 さらに、松平氏はこうも言う。

「こうした品種開発は10年以上の事業であって利益が出るまで時間がかかる(2)。種子法廃止で政府が目指す民間参入だけではカバーできない(1,2)。農家として感じる一番の問題は、地域で育まれてきた歴史ある農作物の維持が困難になっていく可能性等があることである(1)。種子法がなくなれば、地域ごとの作物文化が失われる可能性がある」(2)

 種子法のベースには、新品種をつくるために素材となる品種=遺伝資源は、国や都道府県が『公共の資産』として持つべきだとの考え方がある。公的に支えられてきたコメや麦等の主要作物の開発についても、種子の保全の主体が利益優先の民間企業に変れば、「できるだけ同じものを効率的に広めていく」という効率や経済性の追求に傾いていくことが懸念される。例えば、日本ではコメでも現在300品種近くが作られているが、民間企業が300品種の種子を取り続けるというのは、コスト的にも手間的にも現実的ではない(4)。もし、民間に種子生産を委ねるのであれば民間企業は儲かるときには種子を作り、儲からない時には作らない(7)

 西川教授も松平氏も地域特有の気候や風土の中で育まれ、それぞれの土地の食文化を支えてきた多様性が大きく損なわれてしまう可能性があると憂える(3,4)。画一的な種子ばかりになってしまうことで、害虫や病原菌、異常気象等の影響も一律に受けやすくなる。そして、消費者の側から見ても、食の選択肢が減るのは、暮らしの豊かさ、社会としての豊かさを失うことに等しい(4)

人類の資産を私有化し人々の人権を奪う多国籍企業

種子は人類の共通遺産

 食べ物のタネは、大地と人間をつなぐへその緒と呼ばれる(1)。西川教授は、種子の私有化に首をかしげる。

Bent-Skovmand.jpg「種子が消えれば食べ物も消える。そして君も」――これは国際的な種子貯蔵庫の創設に尽力されたスウェーデンの研究者ベント・スコウマン(Bent Skovmand,1945~2007年)卿のメッセージである。人間は、種子によって生かされている。人間が生きていくのに必要な食べ物の種子が一部の企業に独占されるのを許してしまうことに私は違和感を禁じ得ない。もともと種子は自然の中にあったもので、どのような新品種であれ、その基になる種子は数万年もの歴史の中で先人たちが積み重ねてきた改良の賜である。そうした本来は公のものであり、より正確に言えば『誰のものでもない種子』を特定の誰かが所有していいものなのだろうか(4)

 山田元農業大臣も、FAOも1996年の「食料農業のための世界植物資源白書」において、種子について「理解も評価も低く危険にさらされている」と警鐘を発している。種子は、農民のもの、人類の遺産、次世代への遺産である」と述べる(6)

種子法廃止の裏にある外国企業参入のための条件づくり

 政府や農水省は『国が管理するしくみが民間の品種開発意欲を阻害しているから』とその廃止理由を説明する(1,4)。種子の生産コストが国家財源でまかなわれている現行制度では都道府県と民間企業との競争条件が対等ではないというのである(4)。けれども、世界の中でも種子の民間開発が進む米国でも米と麦については、公共機関による育種が主流となっている(1)。「夢ごごち」も「コシヒカリ」を元に開発された種子である。もし、公的種子事業がなくなってしまえば民間企業も種子開発や種籾の生産すら困難をきたす(3)

 もちろん、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や東アジア地域包括的経済連携(アール・セップRCEP=)等、グローバル化を推し進めるなかで、企業活動を阻害するような規制を緩和する措置の一環という見方もある。けれども、種子法は民間参入を禁じていたわけではない。

「けれども、種子法をなくしてハードルをさらに下げることで、民間企業、とりわけ、外国企業の参入を積極的に進めようという思惑があるのではないか」と西川教授は勘ぐる(4)

 西川教授は「民間に委ねられると、遺伝資源を基にして改良された新品種について、改良部分だけでなく種子全体に特許をかけて企業がその所有権を主張することも起きかねない。ロイヤリティ(特許料)を支払わなければその種子が使えなくなる。「種子私有化」。すなわち、遺伝資源が企業に囲い込まれてしまう」と憂える(4)

公共資産である種子が多国籍企業に私有化される

 山田元農業大臣も、もっと恐ろしいことがある、と述べ、山田元大臣大臣も同じことを指摘する(7)

「米国では自家採取の禁止がなされている。種子をビジネスにしようとしている。多国籍企業に種子と食料を握られられてしまう(6)。民間企業が開発した種子はその究極の形態では、もはやわれわれのものにはならない。種子はあくまでも開発した企業の所有物となる。種子を保存することもできず、その収穫すらも企業のものである。農業は自然と人との共同作業であることを止め、種子企業(化学企業)の所有物を増やすための契約労働になってしまう。企業の指示する通りに農薬や化学肥料を使わなければならなくなる。そして、食はわれわれのものではなくなり、食の決定権は消費者にも生産者からも奪われる」(7)

食料主権「何を作るか」「何を食べるか」――選ぶのは私たち

 消費者が「何を食べるのか」を、そして、農家が「何を作るのか」を自分で選んで決めていく権利のことを『食料主権』という。種子ビジネスが一部の多国籍企業に独占されている現状では、農家は企業が作らせたい種子を購入せざるを得ず、その結果、消費者が食べたいものを選ぶ権利も狭められてしまう(4)。そこで、印鑰智哉氏は言う。

Tomoya-Inyaku.jpg「多国籍企業は生命を発明したわけでもないのに、その発明者としてふるまう。税金に支えられ、公共の財産として育てられてきたものを自らの独占物に変えていく。この法制度が進んでいく先に何があるか。環境や人々の健康が危険にさらされるだけでなく、主権在民の原則に基づく民主主義が根本から覆されてしまうことになるだろう。食べないで生きられる人は一人もいない。その食の主権、決定権を失ってしまうのだから」(8)

 そして、こう続ける。

「多国籍企業が食を自らの所有物としていく法制度化が世界で進んでいる。この法制度が完璧に成立すれば、もはや人々は食を自らのものにできなくなる。種子は多国籍企業の所有物であり、それをわれわれが所有することはできない。できることはライセンス料を払って契約栽培することであり、栽培する間もそれは多国籍企業のものであり、収穫もまた多国籍企業のものであって自由にすることができなくなる(8)。企業が指示する通りに農薬や化学肥料を使わなければならなくなる。食はわれわれのものではなくなり、食の決定権は消費者にも生産者からも奪われる。私たちの食の権利はそうした企業に独占された種子では実現が不可能であり、それを実現させるためには企業に独占されない種子が不可欠である(7)。けれども、残念ながらこの面で日本は世界の最先端に躍り出てしまった」(8)

 山田元大臣によれば、主要農作物種子法の廃止は来年の4月だが、それに先立ち、その運用基本要綱などを廃止する通達が事務次官から都道府県に11月15日付けで送られたという(7)。なんたる早さか。

地域の多様な種子があることは多国籍企業には迷惑そのものである

 農業者の経営環境整備や農業の構造的問題解決を目指す「農業競争力強化支援法」が8月1日に施行された。支援法は、農水省が通常国会に提出し成立した農業改革関連8法の目玉政策とされ、「生産資材価格の引下げや、農産物の流通・加工構造の改革に取り組み、更なる農業の競争力強化を実現する」ことを目指す。「戦後レジームからの脱却農政」とも称される農政の大転換が行われている(5)。そして、この「農業競争力強化支援法」には「多すぎる銘柄を集約しろ」という条項まであるという(3)

 印鑰智哉氏はその理由を明確に解説してみせる。

「企業にとっては少数の品種を広域に売らなければ儲からない。海外含めて同一品種を大量に売りたい」(3)

 そして、多品種ほど逆に強いと述べる。

「世界の6大遺伝子組み換え企業が世界の種子市場の6割を独占し、さらにその6大企業すら買収・合併で3つになってしまうかもしれない時代に、多品種の市場は壊さないと対抗できないと考えているのかもしれない。けれども、それはあまりに誤った戦略で、それでは日本企業にも勝機はない。地域毎に気候や土壌も異なる。多品種あることで、病気や気候変動等にも備えとなる。つまり、逆に多品種の市場を守ることで、そうした市場争奪戦に巻き込まれることなく、食の安全を守ることができる」(3)

小規模農民と種子保存との深い関係

 こうした巨大資本による種子の囲い込みに対抗して、世界各地では、食料主権を守っていく市民や農民による運動が高まっている。食料主権の考え方を最初に提起したのは世界的な農民組織「ヴィア・カンペシーナ」だが、地域の特性や自然の持続性を損なわない農業を取り戻す活動の一環として在来種子の保存にも取り組んでいる。小規模農家が食料生産の重要な部分を担っていることに基づいてFAOに対して、様々な提言を行っている(4)

進む大規模農業と小規模農業の二極化

Douglas-Constance.jpg サムヒューストン州立大学(Sam Houston State University)のダグラス・コンスタンス(Douglas H. Constance)教授の(2014)「Farms: Small Versus Large」(2014)やThompson他著の『食料・農業倫理百科事典』によれば、米国では、世界に先行して農業の大規模化が進み、農業形態の二極化が起きている。

 中規模農家が減少し、大規模農家が増えるとともに、2000年頃から小規模農家が増えているのである。2007年USDA統計によれば、売上高50万ドル以上の大規模農場が全体のわずか9%を占めるにすぎないが、全体の売上高の約6割を占めている。けれども、農場数全体の約90%を占める小規模農場も売上高の約3割を占めている(5)

米国では小規模農業も支援されている

 そして、米国では小規模農家向けへの政策支援が多様に存在する。その支援策は1990 年代の初めに遡る。薄井寛の「急増する米国のファーマーズマーケット~政府の多様な支援と市民の安全志向の高まりが背景に~」(2009年)によれば、「1980 年代の輸出志向型農政の中で家族経営農家の倒産や離農が進み、農村社会崩壊の懸念が出始めたため、危機感を強めた農務省が小規模農家の育成策を打ち出した」という(5)

大規模農業が農村に増えると何が起こるのか?

 米国は大規模農業のイメージが強いが、意外なことに小規模な家族農業への政策に対する市民の理解は深い。

 森田三郎「農園の大規模化は, 地域生活を豊かにするのか」『甲南大学紀要』164巻(2014年)によれば、その後ろ盾となっているのが「建国の中心と位置づけられた小規模な家族農場が、現代も米国市民の象徴的存在であるという思いが根強く残っていることである」という市民の小規模農家への畏敬の念である(5)

大規模農業が増えると生活の質は低下する

Goldschmidt.JPG こうした社会背景を持つために、米国では大規模農業の進展が農村地域社会に与える影響が戦前から、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のウォルター・ゴールドシュミット(Walter Rochs Goldschmidt,1903~2010年)名誉教授によって研究されてきた。この仮説によれば、大規模農業の割合が農村地域内で増えると地域共同体の生活や文化的な質が低下する。農村生活の質を図る物差しには、病院や教育施設、金融機関・教会の数、住宅の状況等が用いられ、農場の大規模化が進む地域は、こうした生活インフラの低下が顕著に現れたのである。

 米国では、この仮説の元、大規模な工業的農業が農村地域の共同体に与える影響について議論が続いており、現在でも大規模農業の割合が増えると地域共同体の生活の質の低下や公共の利益に悪影響を与える可能性が高いことが指摘され続けている(5)

大規模企業的農業への疑問化から誕生した小農学会

 日本では販売金額の大きい(3000~5000万)農家が増える一方、それ以外の農家が減少する傾向が農業白書(2016年)で確認されている。一握りの勝ち組が増えるだけでは地域農業が維持できないとの懸念の声が出ている。農政新時代のスローガン下で官邸主導で進められる一連の農業改革法案に対して「規制緩和や構造改革優先の大規模・企業的農業のための政策」、「競争とコスト削減だけが問題ではない」「大儀なき農協改革だ」等の批判の声が出ている。

 農業の大規模化・企業化政策へ異議を唱える動きも生まれている。その象徴が「小農学会」の設立である。2015年11月に九州の農業者や研究者を中心に発足した小農学会は、農業の大規模化・企業化に明確に反対する。

 この学会共同代表で農民作家の山下惣一(1936年~) 氏は「政府は強引に農業の構造改革をすすめている。「小農」を淘汰して農業を再構築し、儲かる農業に、輸出産業に転換していこうと農業への企業参入を推進している」と政府の政策を批判する(5)。 小規模家族農業と種子保全は深くつながっていたのである。

編集後記
 ネット上で見つけることができる松平尚也氏の記事は少ないのですが、氏の論文を読めば種子法廃止が小規模家族農業や健全な地域と深く関係していることが見えてきます。ウォルター・ゴールドシュミットと言っても知らない人が多いかも知れません。ゴールドシュミットは、農場の規模以外にはほとんど条件に違いがないサン・ホアキン・バレーにある二つのコミュニティ、ディニューバーとアルビンを比較検討したのです。小規模な家族農業からなるディニューバーは、公共サービスもよく、多くの店や公園もあり、コミュニティ活動も活発で生活に質が高いのに比べ、企業型農業からなるアルビンはそうではなかったのです。ゴールドシュミットの仮説はのちに、カリフォルニア州立大学のマイケル・ペレルマン教授やオハイオ州立大学のリンダ・ロバオ教授によっても再確認されることになります。農村社会の歴史的研究を無視して、経済効率性だけを見ることがいかに危険かを「歴史的事実」は教えてくれます。
(2017年12月1日投稿)

【画像】
松平尚也氏の画像はこのサイトより
山田正彦元農業大臣の画像はこのサイトから
西川芳昭教授の画像はこのサイトより
久野秀二教授の画像はこのサイトより
ベント・スコウマン卿の画像はこのサイトより
印鑰智哉氏の画像はこのサイトより
ダグラス・コンスタンス教授の画像はこのサイトより
ウォルター・ゴールドシュミット名誉教授の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) 2017年3月9日:松平尚也「食卓を支えるタネはどうなる?主要農作物種子法廃止を考える」ヤフー・ニュース
(2) 2017年5月3日:松平尚也「種子法廃止で私たちは何を失おうとしているのか? ~おコメのタネ採り産地から考える~」ヤフー・ニュース
(3) 2017年5月25日:印鑰智哉氏のFacebook
(4) 2017年5月29日:高山ゆみこタネは誰のもの? 「種子法」廃止で、日本の食はどう変わるのか――種子の専門家に聞く,パル・システム
(5) 2017年8月4日:松平尚也「農業の大規模化・企業化は農村に何をもたらすのか? 海外の事例から農業改革を考える」ヤフー・ニュース
(6) 2017年11月16日「種子法」廃止の裏に米政府と多国籍企業の影!「TPP違憲訴訟の会」が行政訴訟へ!岩上安身による元農水大臣・山田正彦氏インタビュー!
(7) 2017年11月23日:印鑰智哉氏のFacebook
(8) 2017年11月24日:印鑰智哉氏のFacebook


posted by José Mujica at 07:00| Comment(0) | 種子法廃止 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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