2017年10月06日

トリプトファン事件の封印

多量の死者を出したトリプトファン事件

Steven-Druker.jpg 1998年の夏。米国では数千人が、激しい筋肉や関節痛、腕や足の腫れ、発疹、呼吸困難といった異常な症状に見舞われていた(p104)。好酸球の増加症とそれに伴う激烈な筋肉痛があることからこの病気は「好酸球増加・筋肉痛症候群(EMS=eosinophilia-myalgia syndrome)」と名づけられた(p107)。1990年4月にはEMSは1411件に及び19人が死亡した。米疾病対策センター(CDC)によれば、最終的には5000~1万人が発症し、少なくとも80人が死亡し、1500人が一生続く障害を負った(p107)

 彼らは全員、補助食品L-トリプトファンを摂取していた(p106)。L-トリプトファンとは、タンパク質の構成材料となるアミン酸の一種で、神経伝達物質、セトロニンの産生に関係する。乳製品や大豆、肉等に含まれ、1980年代には、店頭で手軽に購入できる補助食品として、米国人の2%が摂取していたが、何の症状も引き起こさなかった(p107)。けれども、日本の昭和電工が提供していたL-トリプトファンだけが、EMS症状を引き起こしていた。そして、それ以外の製造業者は発酵によってL-トリプトファンを合成していたが(p108)、昭和電工だけが、多量のL-トリプトファンを細菌に作らせるため、遺伝子組換え技術を用いていた。そして、昭和電工のL-トリプトファンにはそれ以外の業者のそれに比べて60種類以上もの多量の不純物が入っていた(p109)

遺伝子組換えによって10年前から生じていた異常

 昭和電工では遺伝子操作されていなかった細菌株は1番と呼ばれ、1984年10月から遺伝子組換え操作を加えた細菌を用いることで、細菌株2番、3番とより多量にL-トリプトファンを作らせる改良を加えていた(p121,p122)。それに伴い異常も増えた。EMSを引き起こした遺伝子組換え細菌株5番が使い始められたのは1988年12月からだが(p120)、5番の以前からEMSが発生していた(p122)

 この昭和電工の研究開発史からは、よりL-トリプトファンを生産できるように細菌に操作を加えると細菌のストレスが高まって代謝異常を引き起こすことが見えてくる(p124)

細菌が産み出す不純物がEMAを引き起こした

Charles-Yanofsky.jpg トリプトファンの権威、スタンフォード大学のチャールズ・ヤノフスキー(Charles Yanofsky, 1925年~)名誉教授はこう述べる。

「遺伝子操作によって、ある種の酵素や生産物の濃度が通常よりも高くなることは、毒性物質がより多く合成されることにつながる(p117)。トリプトファンが大量に生産されるほど、不純物が余計に生産される可能性も高まる。細菌が普段とは違う10~15種類もの代謝産物を生産すれば、これら代謝産物が他の酵素によって変化し、普段はその細菌では決して生産されない物質に変るかもしれない。この不自然な生産物が人間に有害な化合物だということはありうる」(p118)

 その後の研究から、AAAと呼ばれる物質がEMSの発症と深く関連する不純物であることが判明する。けれども、AAAが細菌によって合成されたのか、濾過のプロセスで生じたのかはわからなかった(p117)

Stephen-Naylor.jpg その後、メイヨー・クリニックに勤務していたスティーブン・ネイラー(Stephen Naylor)とジェラルド・グリック(Gerald Joseph Gleich)博士は、1998年後半にAAAがL-トリプトファンとすべての細菌が持つ脂肪酸に由来する長い連鎖を含む炭化水素という二つの化合物が融合してできていることを突き止める。ネイラー博士によれば、細菌のDNAが改変され、それによってAAAが合成されたことは十中八九間違いがない(p142)。細菌に加えた操作によって、細菌の酵素で作られ、かつ、脂溶性構造を持つことから、他の不純物とは異なり、脂肪組織に取り込まれやすく、体内での蓄積が可能となり、好酸球を刺激しEMSを発症させたのかもしれない」と語る(p143)

 神経生物学者、ソーク研究所のデイビッド・シューバート(David Shubert)教授は2008年にこう述べている。

Dave-SchubertS.jpg「重量で0.01%以下という極端に微量な不純物が、どのように免疫システムに致命的な異常を引き起こすのかは長い間、説明が難しかったが、やっと視界が開けてきた。L-トリプトファンの代謝物が免疫反応の重要な段階をコントロールしている。そこで、類似した異常な代謝物がL-トリプトファンの過剰生産で作られ、通常の代謝物と入れ替わって、人間の免疫システムをめちゃくちゃに乱した可能性が出てくる」(p140)

事実の歪曲

 EMSが発生した時点では、遺伝子組換え技術で合成されたインスリンが広く使われていた。チーズで牛乳の凝固に使う動物性のレンネット(凝乳酵素)の代替えとなる酵素も販売準備されていた。これらもEMSと同じく致命的な副作用を引き起こすリスクがあるかもしれない。遺伝子組換え技術の推進派にとっては大変な衝撃だった(p112)

 そこで、この事件に関する隠蔽工作がなされ始める。1994年にFDAが発表したバイオテクノロジー関連の文章は、昭和電工については一言もふれていない。そして、事実はトリプトファン補助食品が販売されてから6年も後になってからのことなのだが、チーズに使われる酵素を「最初のバイオテクノロジー食品」だと宣言した(p133)

James-Maryanski.jpg 1996年7月には、FDAのバイオテクノロジー部長、ジェームズ・マリャンスキー(James Maryanski)博士はこう述べた。

「原因は、L-トリプトファンそれ自体か、濾過過程の結果で何かが加わったことだ」(p119)

 つまり、遺伝子組換えは犯人ではなく、致命的な不純物は精製過程でできたとの主張がなされた(p127)

Susan-aldridge.jpg 英国の科学者、スーザン・オルドリッジ(Susan Aldridge)博士は優れたサイエンス・ライターであるにも関わらず『遺伝子がつくりだす世界―不思議な生命の糸』青土社(1998)でEMSの原因について「昭和電工の技術者は有害物質を作り出す細菌を選んだことが不運だった。それは、細菌株が抱えていた固有の問題だった」との誤った記述をしている(p135)

 2001年のニュージーランドの遺伝子組換え王立委員会の報告書では「昭和電工以外の製造元も遺伝子組換え製法によって、L-トリプトファンを販売しており、いずれも発症例がないことから遺伝子組換えがEMSを引き起こしたとは考えられない」と裏付ける証拠なしに主張している。また、米国の法廷によって「EMS集団発生は遺伝子組換えではなく、別の製造工程の問題で発生したと結論づけられている」と虚偽の見解も掲載している(p128)。もし、最初のトリプトファン事件が曖昧にされなければ、遺伝子組換え食品の発展や商業化は頓挫したであろう(p145)。けれども、惨禍の規模があまりに大きかったために、バイオ技術推進派たちは、遺伝子組換え技術にストップがかかることを防ぐため、この事件を闇の中に封印してしまったのである(p427)
(2017年10月6日投稿)
【画像】
スティーブン・M・ドルーカー博士の画像はこのサイトより
チャールズ・ヤノフスキー名誉教授の画像はこのサイトより
スティーブン・ネイラー博士の画像はこのサイトより
デイビッド・シューバート教授の画像はこのサイトより
ジェームズ・マリャンスキー博士の画像はこのサイトより
スーザン・オルドリッジ博士の画像はこのサイトより
【引用文献】
スティーブン・M・ドルーカー『遺伝子組み換えのねじ曲げられた真実』(2016)日経BP社


posted by José Mujica at 07:00| Comment(0) | GMO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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