2017年12月31日

タネが危ない

最初の栽培作物はひょうたん

Hiroshi-Yuasa.jpg 東京農業大学の湯浅浩史(1940年〜)教授によれば、人類が最初に栽培した作物はヒョウタンであるという。ヒョウタンはアフリカ原産だが縄文時代の日本の遺跡や南米の遺跡からも見つかっている(p59)。このことから、ヒョウタンを栽培することによって、人類は水を入れる容器を手にすることでき、アフリカから世界各地に広がることができたというのが湯浅教授の仮説である(p60)

 遺伝的にはくびれがない方が「優性」でヒョウタン型は「劣性」である。味覚では苦いのが「優性」で苦くないのが「劣性」である。苦いヒョウタンを苦くない夕顔型のヒョウタンを掛け合わせれば、メンデルの法則によって1代目は優性形質だけが表れるため、すべてが苦い夕顔型のヒョウタンとなる(p61)。けれども、2代目はメンデルの分離の法則によって、3:1の割合で苦くなくくびれたヒョウタンが現れる(p62)

在来種の育種が花開いた江戸時代

 江戸時代には、諸大名は参勤交代の度毎に各地方の特産野菜を江戸に持ってきた。大名屋敷は広く、国元の野菜が栽培されたり、将軍に献上されたりして各地の名物野菜の評判も形成されていった(p17)

 江戸中期には、北区の滝野川で、滝野川牛蒡や滝野川人参が栽培されるとともに、種を集め販売するタネ屋も登場する(p18)。明治以降に鎖国が解禁されると、外国の種苗を輸入したり、日本の種苗を輸出する種苗会社が横浜に誕生する。そのひとつが「サカタのタネ」である。また、国内でのタネの流通が活発化すると、京都の「タキイ種苗」、群馬の「カネコ種苗」等全国に販売網を広げる種苗会社も誕生する(p18)

伝統野菜の方が美味しい

miura.jpg 固定種とは、何世代もかけてその土地の気候風土で淘汰されてきた種子のことである(p16)。例えば、大根を例に考えてみよう。大根はもともと地中海が原産である。それが中国の南部から日本へと伝来し、気候風土に応じて変化して、江戸時代には約200種もの多様な大根が存在することとなった。

 作土が深く寒冷な地では地に潜る系統が適し、耕土が浅く温暖な土地では上に伸びる系統が適する(p76)。地表に出たところが青くなり糖分が増す尾張藩の「青首宮重大根」が献上され、綱吉が下練馬村で播種させたのが「練馬大根」のルーツとされる(p77)。これを親として三浦大根も誕生した(p68)

 けれども、現在の三浦大根は、すべて「黒崎三浦」という名のF1である(p65)。固定種の大根の細胞はきめが細かく緻密で硬い。このため、生で齧れば辛い。しかし、煮れば辛味が甘みに変わり、かつ、どれほど煮ても煮崩れしない。煮れば煮るほど甘みが増し、味もしみるためにおでんにぴったりである。一方、F1の大根は生育が早く揃いが良い代わりに、きめが粗く水分が多い。直ぐに煮えるが煮崩れしてしまう(p66)

magome.jpg キュウリも現在の青いタイプは明治以降に日清日露戦争を経て中国から輸入された「華北型」である。そして、味がなく硬いだけでカボチャの台木に接いだF1のブルームレス全盛となっている。けれども、昔の日本古来のキュウリは皮が白く太くて短い「半白」と呼ばれる「華南系」のものであった(p83)

 スーパーに並ぶ小松菜も昔ながらの小松菜はひとつもない。昔ながらの小松菜の味は江戸時代から続く固定種の小松菜でしか味わえない。なぜか。昔の小松菜は茎が細く繊維質が弱いためポキポキト折れ、束ねて出荷すると日持ちしない。このため、茎が太いチンゲンサイがかけあわされている。葉の色が黒いのもタアサイとの雑種だからである(p97)

 ホウレンソウも、固定種次代の日本ホウレンソウは、9月の彼岸頃にトゲのある三角形のタネを水に浸してから播種し、3カ月ほどかけて育て、お正月頃に食べる冬野菜であった(p175)。家庭菜園用であれば、味が濃く、ビタミンC等の栄養価も高い「日本」「豊葉」「次郎丸」等の方が向いている。けれども、在来種は、葉が薄く、寒くなると地面に張り付くように広がるために収穫には手間がかかる。このため、春や夏も周年播種でき、わずか1カ月で出荷でき、立性で収穫がしやすく、種子も丸粒で機械播種できる西洋種と東洋種のF1に変わった。ただし、光合成の期間が短いためにビタミンC等の栄養価は固定種の5分の1から10分の1しかない(p176)

世界最初のF1野菜は「除雄」技術によって埼玉県で作られた

 トマトは花が咲くと雄しべの花粉で雌しべが受粉し種を実らせる。これを「自家受粉」と呼ぶ(p106)。この自家受粉はF1にとっては不都合である。雑種ができないからである。このため、最も原始的なやり方は雄しべを除くことである。雌しべが熟して受精可能となる前につぼみをこじあけ、雄しべを取り除く。これを「除雄」と呼ぶ。雌しべだけを裸にして遠く離れた場所にあるトマトの雄しべの花粉を指先にとって受粉させてやる。これが最も基本的なF1の作り方である(p107)。トマトやナスはひとつの果実に500粒、スイカでは1000粒ほどの種子をつける。この程度であれば、人手をかけて除雄の作業をしても採算が取れる。

 こうして、除雄によって世界最初のF1野菜がナスで作られたのは、1924年(大正13年)のことである。埼玉県農事試験場が、「真黒(しんくろ)ナス」と「巾着(きんちゃく)ナス」とを掛け合わせ「埼玉交配ナス」を作り出した。「雑種強勢」が良く働き、実もたくさん取れたために評判を産んだ。この成功を聞いて、大阪ではトマトのF1、奈良ではスイカのF1と、全国各地の農事試験場が伝統野菜の特産化に挑戦した(p107)

 例えば、奈良県の大和地方の甘いスイカ「旭大和」は縞がなく美味だが、皮が薄く輸送中に割れやすい。このため、「旭大和」を母親とし、縞がありカラスが突いても割れないほど皮の厚い頑丈なスイカを掛け合わせた(p108)。そして、1927年に奈良農試で「新大和」が作り出される(p114)。こうして、日本のスイカはすべて縞があるようになったのである(p109)

自家不和合性を利用したF1の作り方

Woo_Jang-chun.jpg F1のもうひとつの作り方は、タキイ種苗がヘッドハンティングした兎長春(ウ・ジャンチュン,1898〜1959年)博士が開発した方法である(p109)。アブラナ科の野菜は自分の花粉では受粉できず、他の株の花粉を必要とする(p110)。近親結婚を避けるためか、自家受粉を繰り返すと自分の花粉で受精しなくなる性質を持つ(p190)。これを「自家不和合性」と呼ぶ(p110)。けれども、この性質は成熟してから働き、つぼみの段階では働かない。兎博士はこの性質を利用した。つぼみの段階でそれをこじ開け、すでに咲いている自分の成熟した花粉をつけてやれば受粉する。しかも、ここでできたものはクローンである(p110)。こうして、別のアブラナ科の花粉をつければF1ができる。例えば、ヨーロッパ産の根こぶ病耐性を持つ家畜用のカブから、根こぶ病耐性のあるF1白菜を作れる(p111)

 F1のもうひとつの作り方は二酸化炭素を利用する方法である(p113)。最初の株はつぼみ受粉によって増やす。その種を播種し開花する頃にハウスを密閉して二酸化炭素の濃度を0.036%の100倍以上の3~5%に高める。すると花の生理が狂って成熟した花は自分の花粉で受精して種をつけるようになる。この際、受粉作業はミツバチにやらせる。ミツバチはヘモグロビンがないため、二酸化炭素濃度が高くても酸欠にならず、受粉作業を行なえる(p114)

農業近代化とセットとなったF1の普及

 固定種のホウレンソウや菜っ葉は、味が良い。また、生育が均一ではない。大きく育ったものから間引け、長期にわたって収穫できる。このため自給用として重宝されてきた(p14)。同じ日に播種しても生育の遅いものから早いものまでばらつくからこそ、どれかが子孫を残せる。つまり、これが本来の生命の特性である(p88)。一方、F1は同じ日に撒けば同じ大きさに育ち、順番に収穫できる(p87)。とはいえ、F1のタネは普及しなかった。高いだけで特に味が良いわけでもない。早く育ち揃いが良いといだけでは、誰も栽培してまで食べたいとは思わなかったのである(p93)

 1948年、タキイ種苗は「長岡交配福寿1号」「同2号」という初めてのF1のトマトを作り出し、これを販売した。F1が販売されたのは初めてである(p93)

 それでは、硬くてまずいF1はなぜ普及したのであろうか(p90)。それは、戦後の農業近代化のためである。戦後大量に余った爆弾は化学肥料、毒ガス兵器DDTは復員兵が持ち込んだシラミ防除として活用される(p91)

 米国は世界に化学肥料を広めようとしたが、東南アジアのように雨季がある国では、肥沃な水が流れるため肥料をやらなくても米は育つ(p91)。こうした環境で化学肥料を施肥すれば、米も麦も背丈が高くなり、かつ、自分の身体から窒素を抜こうとして葉を増やすため、自分の加重で倒れてしまう。このためかえって収量が落ちる。これを防ぐためには肥料を施肥しても背丈が伸びない品種を開発する必要がある(p92)。窒素肥料を施肥すれば虫も集まる。そして、農薬が必要となる。さらに、塩化ビニールによるハウスで周年栽培も可能となっていく(p93)

 F1は「雑種強勢」によって生育速度が速いため効率よく土地が利用できる。かつ、播いた種が一斉に出荷できるため経営計画がたてやすいからである(p177)。F1は大量流通に便利である。機械調理や外観を重視する外食産業のニーズも「味付けは我々がやるから味のない野菜を作ってくれ」といものである(p70)

雄性不稔化とはなにか

 広い畑で固定種を栽培していると花粉を持たない異常な花ができることがある(p116)。これを「雄性不稔」という(p117)。これはミトコンドリア遺伝子の異常によるものである(p119)。そして、通常であれば、こうした突然変異体は子孫を作ることができないため消えてしまう。けれども、これを利用すれば雄しべがないためにその近くに別の品種を植えておけば自然にF1ができてしまう(p116)

 1925年(大正15年)、カリフォルニアの農事試験場のタマネギ畑でこの雄性不稔の赤タマネギがあることをジョーンズという技師が発見する(p116)。赤タマネギは甘くて柔らかくみずみずしいためサラダに向く。けれども貯蔵性はない。そこで、花粉がない赤タマネギを増やし、そばに普通の黄色タマネギを撒いてみた。そして、ミツバチを使って受粉させてみた。すると赤タマネギ50%、黄タマネギ50%のF1ができ、かつ、花粉がなかった(p117)。ここから赤タマネギ25%、黄タマネギ75%の孫ができる。これを繰り返せば花粉がつかない黄タマネギを作れる。こうして雄性不稔を利用する技術が確立され、1944年にF1タマネギが発表された(p118)

 トウモロコシでもミトコンドリアの膜に異常があるため、雄性不稔のテキサス型のトウモロコシが見つかり、これをもとにF1が作られていく(p121)

 最近までは、マメ科やキク科だけはF1ができないと言われていたが、シュンギクやレタスでもF1ができるようになった(p102)。1983年にはシュンギクで石原種子による「夏の精」「冬の精」が登場する(p114)。レタスでも2004年にカネコが「ファイングリーン」を誕生させる(p114)

 アブラナ科では雄性不稔は、小瀬奈大根で見つかった(p123)。1999年に登場したサカタの金系201号という春キャベツは(p114)、これによって作られている(p126)

 雄性不稔化が利用されているのは、野菜だけではない。砂糖の原料のテンサイ、油脂用のヒマワリ、ハイブリッドライスでも広まっている。さらに、花粉症対策としてスギでも実施されている(p143)。日本の砂糖の2割は沖縄やその周辺のサトウキビ、8割は北海道のテンサイから製造されているが、このテンサイはすべて雄性不稔を利用したF1である。すなわち、世界中の砂糖の原料、テンサイは、米国の育種家オーエン(F. V. Owen)がUS1株で発見した、たった一株の変種株を利用している(p145)。しかも、テンサイの搾りかすの繊維質は清涼飲料水の繊維質やインスタントラーメンのつなぎとして余すところなく使われている。誰もが知らない間にF1のテンサイ細胞を食べさせられている(p146)

コメでも進む雄性不稔によるF1化

袁隆平.jpg 中国の国家雑交至当作業技術センターの袁隆平(1930年〜)主任は、ハイブリッドライスの父と呼ばれ、長粒種のインディカ米と短粒種のジャポニカを掛け合わせ、雑種強勢によって収量を高める雄性不稔を利用したF1米を作り出している。F1米が水稲作付け面積で占める割合は、日本はまだ1%以下だが、米国では39%、中国では58%を占めるに至っている。F1米は食べられるが子孫は残せない(p147)。これを販売しているのは、バイエルクロップサイエンス、デュポン、モンサント、シンジェンタである(p148)

 日本では三井住友化学が「みつひかり」というF1を販売している。日本で始めて合成農薬を製造・販売した三井化学アグロが全身である(p148)

ミツバチたちの異変

 2007年、2月、全米で、ある日を境に女王蜂と数匹のハチを残して忽然とハチが姿を消してしまう現象、「イナイイナイ現象(disappearing –disappearing illness)」が起きた。その後、これは「蜂群崩壊症候群(CCD=Colony Collapse Disorder)」と命名される(p132)

Rowan-Jacobsen.jpg 日本では一般的に、これはネオニコチノイドという農薬による現象とされている。けれども、CCDはほとんど死体が見つからない。ローワン・ジェイコブセン(Rowan Jacobsen)のベストセラー『ハチはなぜ大量死したのか』(2009)文芸春秋でも、原因は明記されていない(p139)

 女王バチは1日に1500もの卵を産む。うち、次の女王バチや雄バチになるのは5~10匹だけである(p137)。こうしたミツバチの生活形態は100万年以上も前に完成し、それ以来、変化してこなかった(p138)。一方、ヒマワリ、ナタネ、トウモロコシの単作地帯では、不妊症の女王バチが多いことに養蜂業者たちが気づく(p133)。ひとつの巣箱には2~5万匹の働き蜂がいる。これらは雄性不稔の花の蜜を集め、その蜜で次代の女王バチや雄バチを育てている(p137)。ここから、野口勲は自分で75%程度は正しいとしつつ(p198)。ミトコンドリアが異常な餌で育った女王バチは世代を重ねる毎にミトコンドリアの異常が蓄積し、あるとき無精子症の雄バチを産む。そして、それに気づいた働き蜂がパニックを起こし、未来に絶望し集団で巣を見捨てて飛び去るのではないかとの仮説を提唱している(p141)

人間の精子が減っているのは雄性不稔のため?

 ミトコンドリアの「ミト」はギリシア語で糸状、「コンドリア」は微粒子を意味する(p49)。人間の体重の10%はミトコンドリアである(p49)。雄性不稔はミトコンドリアに由来する性質である。このため、母からから子どもに遺伝する(p123)。タマネギでもミトコンドリアがタマネギ全体の重量の約1割を占める。そして、生殖能力を失った異常な野菜のミトコンドリアを日々摂取していることになる(p120)

 2009年に放映されたNHKスペシャル『女と男』によれば、1940年代には1ccあたり1億5000の精子があったが、現在は4000万以下に減少しているという。成人男性の2割は、2000万以下の不妊症と言われるレベルにまで低下している(p144)

放射線の恐怖〜サラダ牛蒡や小粒納豆

 柳川採種研究会がゴボウに放射線をあてたところ、丈が縮まり早く成長するようになったため、「コバルト極早生」との名で売り出したが売れなかった。そして、15年後に品種登録が切れる前に再び放射線を当てたところ、さらに丈が短くなり、ゴボウ特有のアクもなくなった。そこで、「てがるゴボウ」と名づけて売り出された。その後、タキイがこれを購入し「サラダむすめ」という名で売り出した。いま、それが評判でサラダゴボウとして売られている(p149)

 マメでは茨城産の在来種、「納豆小粒」に放射線をかけてより小さくした「コスズ」や「スズヒメ」という品種が作られ、小粒納豆として広く栽培されている(p149)

モンサントによる世界種子の買収と遺伝子組換え化

 タネを支配するものが世界を支配すると言われた構図どおり進んでいる(p158)。種苗会社の多くは遺伝子組換え産業に買収されている。ノバルティス社は、スイスの除草剤・農薬企業、シンジェンタに吸収された。パイオニアもデュポンに買収された。韓国では、興農種苗が最大手だが、セミニスがその株を70%持っている。そして、中央種苗も同じくセミニスが100%だが、このセミニスは、モンサントに買収された。ソウル種苗はシンジェンタが100%である。清原種苗はサカタが98%である(p158)

 米国には、米国特許(572376号)を取得したターミネーター・テクノロジーがある(p153)。遺伝子操作によって次世代以降の発芽をできなくする技術である。農家は自家採種ができなくなる(p155)

 ミズーリ州の綿花の種子会社デルタ&パイン・ランドが特許をミズーリ州農務省と共同取得したが、これは1999年にモンサントに18億ドルで買収された。「一社による農業支配につながる」との批判を受け、1999年10月にモンサントは開発計画を凍結している(p154)。とはいえ、ヨーロッパでもバイエルクロップサイエンスやデフラが別の技術特許で研究を進めている(p155)

 2006年には、米政府とバイオメジャーの支援を受け、国連生物作用性条約会議の席上で、自殺する種子の使用を目的として、これを認める条約締結の動きがあったが否決された(p155)。もし、ターミネーター種子が解禁されれば、アグロバクテリウムとプラスミド遺伝子とが交換しあって世界中に広まっていくリスクがある(p156)

効率性からさらに異常な遺伝子組換えへの暴走

 タネ会社は遺伝子組換え産業に比べれば規模が小さい。このため、タキイは一族で株を持ち、上場していない(p158)。けれども、モンサントに買収されなければ安全とはいえない。

Isao-Noguchi.jpg  F1の原点は「自家不和合性」や「除雄」によって「雑種強勢」を発現させることが目的であった(p168)。野口勲氏(1944年〜)はF1を否定はしない。市場流通を目的とした産地経営の視点で1億2000万人を養うためには、F1は欠かせないと主張する(p174)。けれども、「雄性不稔」が見つかってから、いかに雄性不稔株を見つけ、それを増殖し、近縁種に取り込むのかが自己目的化してしまった。いまでは「雑種強勢」はあるには越したことはないがなくてもいいとないがしろにされている。その株に何をかければ効率がよい商品化ができるのかといF1づくりに変貌してしまったのである(p168)

 しかも、現在では、雄性不稔株を見つけるよりも、遺伝子組換え技術によって雄性不稔因子を組み込む流れになっている。雄性不稔因子を母親に組み込めば、受精能力がなくなる。目的の株を植えておけば、すぐにF1ができる(p168)。インゲンでも、黒種衣笠という品種で雄性不稔が1株見つかった(p102,p148)。このため、ダイズ他のマメにその遺伝子を取り込むための研究がスタートしている(p148,p193)。さらに除草剤耐性因子をマーカーとして組み込んでおけば、除草剤をかけていれば、その遺伝子が組み込めたのかどうかの検証も早くできる(p194)

 アレルギー等の原因物資を無力化する遺伝子を組み込んでおけば、健康にも良いとPRでき、一石三鳥ではないか(p194)

 2001年にはカリフラワーとブロッコリーの雄性不稔遺伝子及び除草剤耐性遺伝子をタキイが導入し、これを開放系で栽培することを農水省が認めた(p159,p194)。モンサントに買収されなくても、日本の種苗会社は遺伝子組換え技術を研究しているのである(p159)

輸入許可される遺伝子組換え種子

 ニュージランドではアルファルファはサラダ用のモヤシ、スプラウトとして食されることが多い。このため、米国からの遺伝子組換えアルファルファを危険だと判断し一切輸入していない。けれども、日本では、米国からの遺伝子組換えアルファルファの種子を牧草の種子として、輸入・栽培することが認められている。また、食用油として、ナタネ、ダイズ、トウモロコシ、綿実等、7種類の遺伝子組換え作物の輸入が認められている(p160)

地域の食文化と結びついていた本来の味を取り戻す

 野口勲氏は、自給野菜、家庭菜園の世界には別の視点が必要であると主張する(p174)。野菜が本来持っていた生命力を取り戻し、地方の食文化と結びついていた本来の味を取り戻すためには、固定種を復活させるしかない(p168)。F1の氾濫によって農村から失われてしまった自家採種技術を再び農村に復活させる必要があると述べる(p169)。有機認証基準では「種子も有機栽培で育てられたものを使うこと」と決められている。けれども、日本の種苗会社が販売しているタネでこの規格に合致するものはひとつもない。つまり、国内でこの基準に準拠したタネを入手する方法はない(p166)。しかも、販売用の野菜の種子をすべてF1にしてしまったのは日本ぐらいである。いまもフランスでは7~8割が固定種である(p73)。1911年(明治4年)の雑誌『農業世界増刊 蔬菜改良案内』には、採取法としてタネのとり方まで載っている。つまり、かつての野菜栽培は自家採取して品種改良していくことまで含まれていたのである(p169)

 そのタネを播くことは、食の安全・安心のためではない。あなたがなくなった後も、家族の手によって採り継がれ、子孫の身体の一部になれば、そのとき、あなたは永遠の一部になるだろう(p174)

編集後記

 拙ブログ「種子法なき以降の世界~山田元大臣の夢」も読んでいただきたいが、山田正彦元農水大臣は、野口勲氏が警鐘する「雄性不稔(ゆうせいふねん)」のリスクの問題を語られていた。ハチが消える問題や精子が減少していることは知っていたが、ハチはネオニコチノイド、精子はいわゆる「環境ホルモン」が原因だと考えていてF1問題については全く予備知識がなかった。

 さて、12月28日に愛用のMacBookProがいきなり壊れた。「愛Mac」というマック専用の修理店で半年前に直したばかりである。相談すると2ヶ月の無料保証期間は過ぎているが、まだ半年なので無料で修理してくれるという。なんと親切なことか。ということで、店に持ち込んだがあいにく昼飯時は不在で30分ほど時間ができた。すぐ近くにあるBook Offに時間つぶしで立ち寄るといきなり野口氏の著作「タネが危ない」が目に入ってきた。こういう偶然の出会いは大切にしたい。

 ネットで見れば、2018年2月4日には、小諸市ステラホールで、埼玉県の有機農家、関野幸生氏とのジョイント講演会も予定されている。ということで、30日に買って一気に読んだ。

 F1問題に無関心であったとはいえ、育種にまったく関心がなかったわけではない。韓国に出かけた時には、韓国農業の父とされる兎長春博士の記念館をわざわざ訪ねたほどだ。それだけに本書で兎長春博士の名を見つけた時には何やら懐かしい気がしたりした。

 とはいえ、ゴボウでも放射線照射が進んでいるとは知らなかった。ゴボウは泥に接しているだけに耐病原性の有効成分を多く含み、ゴボウ茶は身体に良いとの南雲吉即(1955年〜)医師の本を読んで以来、ゴボウ茶を飲んだり、サラダゴボウを食べてきたからだ。ということで、このささやかなサイトで身を守るための情報を充実させていきたい。そして、最後の野口勲氏の言葉はジーンとくる。「そのタネを播くことは、食の安全・安心のためではない。あなたがなくなった後も、子孫の身体の一部になれば、そのとき、あなたは永遠の一部になるだろう」そう。人は死ぬ。けれども、種子を残せば、それは命としてつながっていく。

 来年は、私なりのささやかな抵抗として、12月17日の勉強会で、埼玉県秩父市(旧荒川村)在住の長谷川満さんからいただいた秩父のシロインゲンの在来種でも小さな畑に播いてみようかと思っている。では、みなさま良いお年をお迎えください。
(MacBookProが壊れたので、MacBookairにて2017年12月31日投稿)

【画像】
湯浅浩史教授の画像はこのサイトより
三浦大根の画像はこのサイトより
馬込半白きゅうりの画像はこのサイトより
兎長春博士の画像はこのサイトより
袁隆平主任の画像はこのサイトより
ローワン・ジェイコブセン氏の画像はこのサイトより
野口勲氏の画像はこのサイトより
【引用文献】
野口勲『タネが危ない』(2011)日本経済新聞出版社


posted by José Mujica at 23:02| Comment(0) | GMO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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