2018年01月02日

イタリア、インド、南米、そして、練馬。スローフードと種の話

2000年にスローフードが変わった

SlowFood.jpg 5年くらいかけてイタリアのスローフード運動を取材した本を2000年に書いた(新潮社『スローフードな人生』)。基本的には私はただの生活者です。けれども、非常に面白いなと思ったのは、2000年あたりからヨーロッパでは種子についてかなり切羽詰まったことが言い始められたことです。

 1995年頃には「エコロジストたちの会とは我々は別物だ」と言っていたのに、2000年にはこれが変わり「搾取される南半球と搾取する北側」というようなことを言い始めたのです。

「きっと誰か入れ知恵をした人物がいるにちがいない」。

 そう思って、調べてみたらFAOに勤務するスペイン人のおじいさんでした。その人と会い、ローマのカフェで話を聞いて、意気投合した。というか感化されたのです。けれども、インタビュー最中にも時々「ここは録音しないでくれ」と言われたのでテープを止めた。つまり、FAOといっても一枚岩ではなく、その中にも遺伝子組換え推進派がいたのです。

在来トマトは手間がかかるが味が良い

 さて、2000年以降の私のスローフードな旅のことは一切本には書いていないので、この場を借りてそれを皆さんとわかちあいたいと思います。まず、この写真は干ばつで苦しんでいるトマトではありません。ミネラル分が少ない土地での在来トマトです。シチリア島にあるブランド・トマトを見に行った時のシーンです。地元では、「Iが付く某企業が売っているF1のトマトはお美味しくない」と言っていました。

 この写真。取材にでかけた農場を見てください。見渡す限りのハウスです。そこで働く若い女性は担当の男性がいなくなった後「言いたいことがごまんとあるとある」と言っていました。つまり、この農場は幸せではない、と思ったのです。

Pomodorino-del-Piennolo.jpg その対極として出会ったのがこの畑です。家族経営の小さい畑で、「ピエンノロトマト(Pomodorino del Piennolo del Vesuvio)です。垂乳根のおっぱいのようで在来で最初は甘くはない。しかも、綺麗に熟さない。これを藁で縛って1~2ヶ月も干しておく。すると糖度が増して来て上品な酸味が残る。この在来トマトがなくなったのは、この手間を消費者が知らなかったからなのです。

 そこで、いま、無料でマスコミの人間を案内しています。9~10月に行くと見ることができます。そして、レストランの人もトマトを丸買いしています。

伝統的な在来種が次々と復活しつつあるイタリア

 最初に私が訪れた時には60戸ぐらいしか生産している農家がありませんでしたが、いまは100戸を超えて安定して来ました。

 ポイントは、この手間に対して金銭を支払うだけの知識が消費者にあるかどうかです。ですから、農家側も発信しなければダメだと私は思っているのです。もちろん、ぜんぶを農家がやる必要はなく、地元の若者がそれをやればいい。こうした動きが1990年代にイタリアでは育って来ました。

 イタリアントマト・サンマルツァーノ種(San Marzano)も、皮が薄く流通には向きません。ですから、なくなると思っていました。潰れかかっていたトマト農場が1畝だけ地元産のものを作り続けていました。そして、作っていた人も10年ぐらい前は変わり者とされていました。これも酸味があるトマトなのです。トマトは糖度が重視されて酸味は嫌われますが、酸味も大事です。やはり手間なのです。

Certaldo.jpg この玉ねぎは1300年代から確実にあることがわかっている赤タマネギです。昔の壁画に残っているからです。ダンテ(1265~1321年)が「神曲」で描いたチェルタルド(Certaldo)の赤タマネギです。これも私が行った時には7~8戸しかありませんでしたが、今は30戸になっています。

土壌浸食を防ぐアマルフィ海岸のレモン

 次の垂乳根の母型のレモンは、アマルフィ(Amalfi)海岸のものです。アマルフィは、ナポリの南にある犯罪率がイタリアで一番少ない地域。そこの在来種です。レモンも古代ローマの壁画から残っていることがわかりますが、アラブ人たちがやって来て栽培技術がアップします。アラブ人が栽培技術を教えたからです。

amalfi.jpg レモン農家は7、8種類の品目は作っていますが、この在来種が一つのアクセントになって地域おこしになっているのです。なぜでしょうか。このアマルフィ海岸はリアス海岸で鉄道も入りません。そして、段々畑になっているのはレモン畑です。石が出てくる痩せた土地であるため、1900年代に船で土を運んで作ったのです。そして、イタリアのレモンは高い。他国から買えばいいという意見が起きます。そして、農地が荒れれば土壌流出が起きます。そこで、1997年にこの地域が世界遺産になると「誰がその景観を支えているのか」という意見が2000年になると起きて来ました。そして、漁師、海の家を持っている人たちがレモンを中心に話し合い、レモンによる町おこしが始まったのです。日本においても、こういうことはこれからいくらでも起きるなと私は思っています。ある意味で、これは6次化です。

 limoncello.jpgこの写真を見てください。巨大企業のリモンチェッロと違うのはこれだけの色むらがあること。「大地の会」ならば消費者からクレームがあるかもしれませんが(笑)、これが自然なのです。皮も使います。これが露天の景観になっているのです。

8列トウモロコシで町おこし

hachiretsucorn.jpg これも在来種。スローフードの誰も知らない近くの村で、石臼の粉屋が普通の2倍のお金を払って作り続けています。日本語で訳すと「8列」という名のトウモロコシです。これも北イタリアで1990年代半ばに作っていた人は変わり者でしたが、今はスターとなっています。飼料用トウモロコシよりも売れるからです。

 実は、北海道でもこれが入っていたし、アルゼンチンのスローフード協会の人もあると言っています。この写真は北海道の生産者です。最初は落ち込んでいましたが、2年後には彼が始めた「焼きトウモロコシ屋」に行列ができるほど人気となり元気になっています。

中山間地でしかできないレンズ豆は美味しい

 イタリアは太陽の国ですが、雨ばかりの山間地もあります。日本では中山間地が7割ですが、イタリヤは8割が中山間地なのです。過疎化もあり獣害被害もあって日本と重なります。

 さて、ここはベネチアの南方にある1200m級の山岳都市です。画家、マウリッツ・エッシャー(Maurits Escher,1898~1972年)が惚れ込んで3回も訪れた土地です。そして、ここには、この標高でないとできないレンズ豆があります。見てください。マメ畑とは言えないくらい花が生えています。輪作をしています。実は、昔ながらの安全保障、種子の保存を考えてやっているのです。そして、それが美しい景観になっています。このレンズ豆は素晴らしい味です。

有機ブランドの拠点はエコ建築

 Gino-Girolomoni.jpgこれもまた別の山間地です。「地中海有機」という5000人ほどのグループをまとめているジーノ・ジロロモーニ(Gino Girolomoni,1946~2012年)さんが、老朽化していた改良した修道院の写真です。一泊7000円で泊まれます。ジーノさんは、「アルチェネロ」のブランドを作った人でもあります。米国の先住民に感動してマークを作ったのです。そして、イタリアの考古学者がエジプトの墓から見つけてきた古代小麦を作っている。そして、丘の上の根拠地に植えています。そこでの説明がバッチリで素晴らしい。パスタ工場もエコ建築です。

Lupin3.jpg この農家レストランからみた風景が絶景です。ジロロモーニの故郷、マルケ州のイゾラ・デル・ピアーノの『ロカンダ・ジロロモーニ』からは、サン・レオの岸壁に聳える城がみえますが、これはアニメ、ルパン三世の「カリオストロの城」でクラリスが幽閉されていた城のモデルになったお城です。

リンゴを生かした子どもたちの食育

 さて、いろんなイベントで私は、種子の大切さ、多様性の大切さを言うのですが、この国立公園を案内している若者2人に感動しました。リンゴ畑に7000種類もの植物があるとの話に感動しました。イタリアでは山に実っているリンゴが多いので彼らは国立公園の底力を見せるのです。

 これはリンゴ産地での食育の写真です。7歳ぐらいの子どもに、6種類のリンゴを食べてもらい、その質感、食感、匂い、色を表現させるのです。

「最初に噛んでいるうちに甘い汁が出てきて最後には溶けるようになくなった」とまで表現する子どももいます。そして、先生は全部の子どもの表現を詩のように読み上げてまた返します。こうして意見をたくさん聞くと次にスーパーでリンゴを見たときに子どもたちの反応が変わってきます。そして、それを親に伝える。こうしたことを狙っているロジカルなところがヨーロッパぽいですね。

ヴァンダナ・シヴァさんとの出会い

 さて、2003年にスローフードの大会に参加したのですが、ある女性のアジテート力が凄くヨーロッパ人たちがタジタジだったのです。

Vandana−Shiva.jpg「誰なんだろうこのおばさんは」と思っていて、明治学院大学の辻信一先生にお見せしたら「ヴァンダナ・シヴァ(Vandana Shiva,1952年〜)じゃないか」と感動されました。

 そこで、彼女の本拠地がインドにあるのでそこに行ったのですが、ゴールデン・ライス問題に直面していたのです。つまり、ビタミンAを含むライスがインドの貧困を救うとしてそうしたコメを普及することが仕掛けられているのです。そこで、彼女はそれと戦っていました。「ゴールデン・ライスは栄養状態が悪いインドの子どもたちを救わない。お金がない子どもは、ビタミンを薬草で摂取している。畔の雑草がなくなればそれが駄目になってしまう」と。

 さらに、ヴァンダナ・シヴァさんの凄みは、そう話しながらたった一人でインタビューをしている私のためにわざわざ畦の草を持ってきて、「これがビタミンAよ」とみせてくれたのです。

 今、毎年4000人がビタミンA不足で失明しています。そして、今、これがフィリピンでも仕掛けてられています。これを食べれば花粉症が良くなるとか色々と仕掛けられています。インドはなんとかこれを交わしたけれども、いまも油断がなりません。そして、アジアではコメが主食です。

 そして、バスマティライス(Basmati)。香り米ですね。これもテキサスで作られた品種と2年越しの裁判で勝ったのです(注)。

 (注)このバスマティ米の農家を脅かしているのが、アメリカのテキサス州、ライステック社による遺伝子組み換えの品種、テクスマティです。ヴァンダナ・シヴァさんは、テキサスで開発されたバスマティ米の特許申請を、インド政府に正式に取り下げさせることに一度は成功したのですが、米国ではこれが許可されているのです。

emilla.jpg さて、このシバさんの拠点もすごいのです。750種類ものコメがあったのです。では、どれだけの施設があるのかなというと、ここ「けやきの森・季楽堂」よりも狭いのですけれども、聞いたところ5年で更新していると言います。つまり、地域の人たちが使っていのです。これは、日本のつくばでの種子保全のあり方とは真逆です。ちゃんと地域に貢献している。これが生きた種子の守り方だと思ったのです。

 さて、この写真は思想家、サティシュ・クマール(Satish Kumar, 1936年〜)とガンジーの孫娘の写真です。このようにすごい人たちを呼んでいるのに、聞いているのはたった20人くらいです。私は日本でそのメンバーでやるなら、もっと人数を集めて「大学の大講堂に人を入れて一人500円」とかと考えてしまうのですが、ヴァンダナ・シヴァはすぐさまそれを見抜いて「この子どもたちが育ってくれればいい。環境運動は小さければ小さい方がよい」と言ったのです。

FAOの結論は多様性でなければ飢餓問題を解決できない

 ここはペルーの写真です。ペルーまで足を運んだのは、「国立ポテトセンター」に行きたかったからなのです。ここには世界で確認されている5094種のイモのうち、アンデス地方原産の約4000種のイモが保管されています(2)。そして、正しく使った場合と間違って使った場合のインカの謎めいた絵がある。さて、これがイモの原種です。5月には種子取りのフェアがあります。

 メキシコでもトウモロコシのいろんな品種がありますが、都会に行くとアメリカから輸入されたトウモロコシを食べています。

 さて、これが村の写真です。村に行くと民族衣装が絶滅していないことがわかります。

 さて、FAOが「種子」と言い始めたのには理由があります。70年代に飢餓問題は従来のやり方では解決できない。そして、解決のヒントは多様性にあると。その地域にある品種を守るしか飢餓問題は解決できないという結論になったのです。そして、この150年ぐらいで85%の品種が失われています。

 churo.jpgこの写真はアルパカくらいしか棲息できない山岳地です。けれども、この標高でしかできないジャガイモがあります。これも食の安全保障です。チューノ、ツンタという。天然のフリーズドライです。こうしておけば3、4年も保存して取っておけます。高野豆腐のような食感ですが、あらゆるものがこれならば取っておけます。

 アイルランドではたった2種類のジャガイモしかなく、それが病気でやられて、845年に150~200万人が餓死しました。けれども、その後の話はあまり聞かれません。実は、虫に強い品種を原産地から探してきて生き延びることができたのです。そう考えれば、どちらが豊かか。わかりますね。

焼き畑研究会

 日本の話をします。「在来作物研究会」を山形大学がやっています。江頭宏昌さんが野菜、平智さんが果実の専門家。それぞれ京都と福岡出身ですが山形に想いをかけています。そして、この二人がイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ・奥田政行さんとハモったのです。これは畑の写真ですが、実は雪原です。ここに「雪菜」があります。「遠山蕪」の董立ちしたものです。なんとかこの時期にビタミンを取りたいと90戸が自家消費用に生産していて、今13戸が作っています。歩留まりが悪いが白いところだけ食べる。

たった一人20年かけて580種類もの米の品種を守る

chouichi-Ueno.jpg また、これは、今年の秋に知ったばかりなのですが、この神社の後ろで赤米等が作られています。作っているのは、上野長一さん。なんと580種類。20年で。たった一人でも人間がやれることはすごいなと思いました。なお、政府の人はずるいなと思ったのはサミットが伊勢志摩であったとき、彼のおコメだけ出品したことです。ご本人の名前は出さなかったけれども。

インディオにタネの大切さを学びレストランを始めた夫婦

 「奈良にはうまいものがない」とある文豪(志賀直哉)が言ったのですが、これは、清澄の里「粟」というレストラン、山小屋の写真です。

 その時期の野菜がデコレーションしてあります。これは昼のランチの写真ですが、最低50種類は食べられます。凄いのは10年たってもブレていないこと。三浦雅之・陽子さん夫婦は、もともと介護の仕事をしていたのですが、問題が食にあることに気づき、アメリカの先住民ホピ族から大切なことは種子であることを学んだのです。そして、大和野菜の研究会なかったため、研究を始めました。そして、いまでは奈良県から頼まれてエキスパートにもなっています。「奈良の在来種のことはこの二人に聞け」というくらい詳しいのです。そして、誰もが自由にアクセスできることがすごいですね。お弟子さんも含めて3戸ぐらいでこうした運動を展開しています。ヤギがいますし、小豆も200種類あります。

練馬の在来ダイズで味噌や豆腐を作り地域を元気に

 この写真に写っているのが今ここにおられるのが山口物産の山口博千さんです。練馬が誇る大豆問屋です。2006年の本を書く時に(島村菜津『スローフードな日本!』新潮社)取材したのですが、豆の選別をしていました。

 東京都では1軒しかなく、練馬の畑でダイズを作っている「みやもとファーム」さんと練馬で作ったダイズで味噌を作っています。そして、「みやもとファーム」では豆腐工房も作られています。「TEAM・ネリマメ」として国産の在来種で豆腐を作っています。味噌屋だけれども麹も作っていて、在来種で味噌も作っています。そして、全国のダイズを仕込んでもらっているのです。

 この写真の中心にいるのが味噌屋の社長、山口博千さんで右側がみやもとファームの社長。宮本茂昭さんです。フェースブックで「TEAM・ネリマメ」で検索するとヒットします。毎年恒例の味噌作り教室もあります。

 とても美味しい味噌ができたのですが、山口さんは、反GMOを大切にしていた米国人ともつながっていたのですが、いまは扱っているのは日本のダイズだけになっています。そして、「大豆が投資作物になったのはおかしい」と言われています。

 そして、次世代のために、練馬大根の種子取りをしている若手農家もいます。そして、地元の酒屋と一緒に練馬大根の漬物を作って食べる。そういうイベントをやっています。他にも江戸の伝統野菜を作っている人たちがいます。これは内藤トウガラシです。地元のピザ屋や和食屋が関わっているのが面白いですね。

 さて、これで私の話は終わりなのですが、先ほども言いましたようにお米を中心に100%、種子をまかなえていたのは珍しいことなのです。そして、それまで危うくなろうとしています。今、アジアとしてどういう態度を取っていくのかが大事だと思います。あの手、この手で種子の大切さを表現していきたいと思っています。病気をしたりして、このところサボっていたので、それを反省して、今年から本格的に頑張ろうと思っています。

質疑応答

質問 種子島から来たものです。お話を聞いていて関心があったのはアンデスの標高が高いところで栽培されているイモ。フリーズドライになるような寒さで栽培できるのでしょうか。カラカラになったイモもまた栽培できるのでしょうか。

島村奈津 種芋は別にあります。

質問 ペルーでのマーケット市場についてもう少し説明してください。

島村奈津 米国から汚染されたイモが入って来ています。また、1980年代には肥満問題が深刻になりました。そこで、地元の学者、メキシコ国立農林水産研究所のマリオ・タピオ・ヴァルガ教授が復活したのです。スローフードが始まったのは2000年ですが、3回目に賞を取った時にイタリアで出会いました。彼に出会ったので行けたのです。今は、マニアの人だけでなく半日バスに乗って見学にも来ている。コカの実、高山病にならない薬草を守っているグループもいます。美味しいものを作っているグループもいます。

編集後記

 島村奈津さんの講演は聞いている人に勇気を与えてくれる。けれども、スローフードと小規模農業と種子の保全がつながるとは。やはり、皆連動しているのだ。ある人から「法制上では、社会的活動では、山田正彦さん、島村奈津さんがめだってますね。よくオーガナイズされた、常識人にも通用する活動をされています」との評価をいただいている。島村さんのご自身が2017年12月25日付の日本農業新聞に書かれた記事「種子法の廃止 主食守る議論もっと」はここで読むことができる。是非、お読みいただきたい。

【画像】
スローフードの著作の画像はこのサイトより
ピエンノロトマトの画像はこのサイトより
セルタルドの赤タマネギの画像はこのサイトより
アマルフィ海岸の画像はこのサイトより
リモンチェッロの画像はこのサイトより
八列とうきびの画像はこのサイトより
ジーノ・ジロロモーニ氏の画像はこのサイトより
カリオストロの城の画像はこのサイトより
ヴァンダナ・シヴァの写真と種子保全の写真はこのサイトより
チューノの画像はこのサイトより
上野長一氏の画像はこのサイトより
【引用文献】
(1) 2008年6月3日島村菜津「第20回 [インド編]世界的な食料危機を前に日本がすべきこと」世にもマヌケなスローフードへの旅、日経BP社
(2) 2008年6月17日島村菜津「第21回 [ペルー編]4000種ものイモを生んだアンデスの地へ」世にもマヌケなスローフードへの旅、日経BP社


posted by José Mujica at 07:00| Comment(0) | 講演・学習会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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