2018年01月08日

TPP先進国:韓国を見よ

韓国を見よ

宋基昊.jpg TPPは自民党政権のときに米国からの要求によって内閣府で検討されていた。その後、鳩山由紀夫政権は、米国からの「年次要求」を断った(2p49)。けれども、2010年10月に菅直人首相がTPP参加を突然に言い出す(1p206,2p49)。仙石由人官房長官は「日本はガラパゴスになってしまった。第三の開国だ。開国なくして座して死を待つつもりか。韓国を見ろ。バスに乗り遅れるな」と吼えまくった(2p49)。

 なお、山田正彦元農水大臣が、韓国の宋基昊(ソン・キホ)弁護士から聞いたところによると、韓国においても米韓FTA協定を締結する際にも「第三の開国だ」という論調であったという。これほど左様に米国の外交はワンパターンなのである(2p50)

 メディアも「バスに乗り遅れるな」「韓国に遅れを取った」と報道した(1p206,2p49)。TPPは農業の関税は24分野の中の一部にすぎないにもかかわらず、いっせいにこれを「農業と経済」の問題として報道した(1p206)

Wendy-Cutler.jpg 山田正彦元大臣は、米国側の考え方を把握するため、2012年1月に訪米し、ワシントンDCでTPPを取り仕切っている米国通商代表部(USTR=Office of the United States Trade Representative)を訪れ、ウェンディ・カトラー(Wendy Cutler)代表補に打診した。

 その答えはシンプルだった。

 「米韓FTAの内容、それ以上のものを求めます」(1p84,2p50)

 国務省のキャンベル事務次官補の筆頭代理ズムライト東アジア太平洋局(Bureau of East Asian and Pacific Affairs)日本部長にもあったが、氏からも判で押したように同じ答えが返ってきた(1p84,2p50)。そこで、山田正彦元大臣は、帰国後に韓国がどうなったのかを調べてみた(1p85)

国内の反対運動となぜか偶然で一致した北朝鮮からの脅威

金泳鎮.jpg 韓国においては、前述の宋基昊弁護士が、国会の前でFTAは危ないと書いたプラカードを掲げて独り立ちすることからFTA反対運動を始めていた(1p99)。また、山田正彦元大臣が2011年に訪韓したときにも、民主党の金 泳鎮(キム・ヨンジン, 1947年〜)議員、前農林部長官(元農林大臣)と余談したが、FTAに危機感を募らせていた(1p99)。韓国の農民は必死に抵抗した。女性農民、オ・チョンオク(41歳)は抗議の焼身自殺を遂げた。また、警官隊の激しい鎮圧で2人の農民が殺された(1p86)

 北朝鮮s.jpgだが、奇妙なことがある。反対運動が広がると、北朝鮮の核開発とミサイル試射が大きく報道されるようになった。さらに、2010年11月には延坪島(ヨンビョンド)の砲撃事件も起きた。韓国にとって安全保障の問題を考えれば、米国の軍事力に頼らざるを得ない。そうした雰囲気が国民の中に形成されていく(1p86)

 山田正彦元大臣は、これは米韓FTAを認めさせるため、米国が北朝鮮にしかけた高度な外交戦略ではなかったかと憶測している(1p86)

農業問題としてメディアで宣伝されたFTA

李明博s.jpg 韓国では、当時の李明博(イ・ミョンバク,1941年〜)大統領がこう訴えて米韓FTAの締結を求めた。

「韓国は貿易立国であり、自動車や電気製品の輸出振興こそが繁栄につながる。高齢化が進み小規模な農業は国際競争力がない。韓国にとっては安い農産物が輸入されれば国民の暮らしはむしろ楽になる」

 大統領は、五大財閥のひとつ、現代(ヒュンダイ)自動車グループ系列の現代建設の会長であったキャリアの持ち主である。確かに、日本では内需だけで89%もあるのに対して、韓国経済は輸出、外需に43%を依存している(1p85)。2010年12月、オバマ大統領と李大統領との間で署名がなされ、2011年6月に米韓FTAの批准同意案が国会に提出された(1p88)

 韓国メディアは米韓FTAを「農業と経済」の問題としてとりあげ、遺伝子組換え農産物の非関税障壁、ISD条項についてはほとんど報道されなかった(1p85)。けれども、結果からすると、これはまさに不平等条約そのもので、国民もその後、内容を知って驚愕したのである(1p88)

強い農業づくりを推進したはずだったが

 韓国では自由化に備え、「輸出できる強い農業づくり」を進め、畜産農家に補助金や融資を行ない、大規模化を進めてきた。けれども、関税が引き下げられると出荷する毎に豚一頭当たり1万円の赤字がでた。そして、FTAが発効して1年も経たないのに養豚業者の7割が廃業に追い込まれた(1p91)。牛も2016年から関税がゼロになる。すでに畜産業も7割が廃業を決意していた(1p91)。2009年時の韓国の食料自給率は51.7%しかない(1p93)。それが、2013年にはさらに41%に低下する(2p50)。現在では、焼肉もすべて米国産の牛肉で、野菜の8割は中国産で米だけが韓国産という状況になっている(1p63)

認めたものは二度と下に戻せないラチェット条項

 韓国は米国産牛肉の輸入条件を緩和した(1p85,1p87)。韓国は日本以上にBSE問題には敏感である。2012年に米国では新たにBSEに感染した牛が見つかった。したがって、米国からの牛肉輸入を止められるはずである。けれども、一度決めたルール・基準は元に戻せないラチェット条項も韓国は飲まされていた。通常の外交交渉ではありえない基準である。このため、米国でBSEが大発生しても輸入を禁止できないのである(1p89)

学校給食での地場農産物流通ができなくなる

 米韓FTAで米国の食品会社が狙っていたのは学校給食であった(1p197)。例えば、米国の政府関係者は「カーギルは韓国の学校給食を市場として期待している」と述べているからである(2p142)

 朴元淳s.jpgそこで、山田元大臣は気になって、弁護士でもある朴元淳(パク・ウオンスン,1956年〜)ソウル市長にインタビューしてみると返ってきたのは次のような答えだった(1p96,2p142)

「ソウル市だけで132本の条例を変えなければならなくなった(1p96,2p142)。学校給食の地産地消もできなくなった(2p142)。路地裏商店街を条例で大店法から守ってきたが、それも、ついにできなくなった(1p96)

 すでにソウル市等のいくつかの市では地産地消の学校給食を条例で制度化することが政府の指導によって禁じられている。国内の生産者とカーギル等の米国企業を学校給食で差別すると、米韓FTAでは公平貿易の原則に反するものとしてISD条項で訴えられてしまうからである(2p142)

遺伝子組換え農産物を無条件で受け入れ表示もできなくなる

 米国で科学的安全性が認められた遺伝子組換え食品は無条件で受け入れた(1p87)。マレーシアで開催された2013年7月の第18回TPP交渉の会合では、米国は食品表示について、遺伝子組換え食品については表示の義務付けをしてはならない。また、食品の安全基準についてはコーデックス基準(国際食品委員会によって定められた国際的な食品基準)を参考にTPP交渉参加国はすべて統一するという提案を行なった(1p102)。一見するともっともらしく思える。けれども、コーデックス委員会そのものが問題である(1p108)。コーデックス委員会に代表を出すことが許されている団体の半数以上は多国籍企業であり、消費者側の代表ポストはひとつしかない。コーデックス基準では、家畜への成長ホルモンや抗生物質の投与、放射線照射を推奨していることからも、これが消費者保護のためのものではなく、取引指針のための組織であることがわかる(1p109)。米国が2011年に成立させた食品安全近代化法(FSMA= Food Safety Modernization Act)では、米国が食品を輸出する相手国の食品安全計画のルールを米国側が決める権限を与えている(1p108)。米国食品医薬品局(FDA= Food and Drug Administration)が米国及び貿易相手国の食品産業をコーデックスに調和させると定めている。すなわち、コーデックス基準そのものが米国の基準なのである(1p109)

 簡単に言えば、各国の表示があると米国産のものが売れないから廃止しろ、と要求してきたのである(1p106)

Gilles-Éric-éralini.jpg 米国食品医薬品局(FDA)では、遺伝子組換え食品の警告を発した学者はことごとく研究職を解かれる等の迫害を受けてきた(1p103)。遺伝子組換え農産物については、2012年にフランスのカーン大学のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini,1960年〜)教授がラット200匹にモンサント製の遺伝子組換えトウモロコシ「NK603 」系統を2年間と長期間にわたって食べさせるとガンになることを証明した(1p102,2p122)。モンサント側はマウスを使って70日間の実験を行い安全であると発表してきた。確かに、70日では異常はなくデータとしては間違えではない。けれどもマウスの70日は人間では10年にしか相当せず、これは10年は食べても大丈夫だというデータにすぎない(2p124)。このため、EUは遺伝子組換え作物の作付けを認めていないし、輸入もさせていない。家畜の餌としての輸入は認めているが、それでも0.5%以上混入されているものには表示義務を求めている(1p103)

 けれども、韓国の子どもたちは、学校給食で遺伝子組換え食品、成長ホルモン漬け、ポストハーベストの残留農薬ものを食べなければならないのである(1p197)
米国系のスーパーだけが有利となる

 2013年4月にはサムソンカードが米国系の大型ディスカウント店の「コトスコ」だけが手数料が0.7%と安く設定されて、中小の自営店からは高い手数料をもらっていることに対して不満が噴出した。けれども、サムソンカードがそうしなければISD条項で訴えられると政府は説明している(1p100)

国民皆保険が適用されない医療の株式会社化

 韓国では締結前に特区を設けて米国との協定内容を前倒しで行なっていた。仁川(インチョン)、光陽(クァンヤン)、釜山等に医療特区を設けて自由診療の医療を始め、外資系の株式会社の病院を誘致していた(1p97,2p185,2p288)。サムソンやヒュンダイ等の財閥系企業が米国の保険会社と並んで民間医療保険を手がけていた(1p97)。けれども、FTA締結後には韓国の国民皆保険が適用されない株式会社経営の病院の参入を認める(1p85,1p87)。米国資本による病院を認め、自由診療も解禁し、外資系民間医療保険を導入するなど、米国の言いなりになってしまったのである(2p288)。

以前から危惧されていたISD条項

 韓国では米韓FTAを締結する前からISD条項が問題とされてきた(2p266)。米豪FTA交渉の時には、オーストラリア政府の要求によってISD条項を外すことができた。このため韓国政府もISD条項の除外を申し入れていた(2p267)。「オーストラリアは交渉合意で外しているではないか。韓国も外して欲しい」と食い下がったという(1p200)。けれども、米国からは一蹴されてしまった(1p200,2p267)

 そこで、韓国政府は国民に対してはこう説明した。

「韓国は先進国であるからFTAを締結しても訴えられることはない。むしろ、発展途上国に企業が投資するときに、ISD条項を有効に活用して国の利益を守ることができる(1p99)。先進国である韓国は米国から訴えられることはない」と胸を張って見せた(1p200,2p267)

 けれども、FTAを締結して1年も経たないうちに、米国系の私募債ファンド、ローンスターからISD条項で5500億円の損害賠償を求められてしまった(1p99,1p200,2p267)。韓国外換銀行の株式を韓国国民銀行に売却しようとしたときに、政府からの売却許可が2ヶ月遅れたために損害をこうむったというのである(1p99,1p201,2p267)

ISD条項によるエコカー減税の廃止

 また、当時、韓国政府は地球温暖化に備えて、二酸化炭素削減のためにエコカー対して補助金をつける法案を提出するばかりであった。けれども、米国の自動車業界からエコカーに補助金をつけるのは米国車の売を不当に妨害するものであってISD条項にふれるものだと事前に圧力がかかったため、これを中断せざるをえなかった(1p99,1p201,2p267)

 いま、韓国では米国の安全基準をパスしたものはそのまま輸入できる。メーカーごとに2万5000台は輸入されることになっている。そして、韓国の排ガス基準は引き下げられた(1p89)

儲からなければ訴えられる間接収用

 このように、韓国は米国の制度にならって国内法63も変えなければならなくなった(1p96,p198)。もっとも、63本というのは政府の発表であって徐尚範(スォ・サンブォン)弁護士によれば、弁護士会の調査ではすでに180本の国内法が変えられているという(1p198)

郭洋春s.jpg また、韓国法務省が最も問題視しているのは、「間接収用」である。立教大学経済学部の郭洋春教授(カク ヤンチュン,1959年〜)によれば、たとえ、米韓FTAに違反していなくても、韓国に進出した米国企業にとって国内事情によって期待した利益があげられなければ、米国政府を通じて損害賠償ができるという。つまり、米国企業が何らかの不自由を感じ、期待した利益をあげられなければ政府を通じて損害賠償を求められるのである。そして、これは地方自治体に対しても同じことができるのである(1p202)

 あらゆる問題がISD条項によって訴えられるリスクがあり、かつ、賠償額が巨大であることから、立法から行政までが萎縮してしまう恐れもある。さらに、韓国憲法においては所有権の収容は厳格に規定されているにもかかわらず、「間接収用」については規定がない。このため法体験を混乱させ、かつ、憲法に違反する疑いすらある(2p268)。このため、韓国では2011年12月、167名の裁判官が米韓FTAは、ISD条項によって国家主権が損なわれ、憲法上認められている司法権の独立を侵害するものであるとして、韓国の大法院(日本の最高裁判所)に不服申請をしている(1p98,2p268)。いま、韓国は米国に再交渉を求めている(1p203)
(2018年1月8日投稿)
【画像】
ソン・ギホ弁護士の画像はこのサイトより
ウェンディ・カトラー女史の画像はこのサイトより
キム・ヨンジン元農林部長の画像はこのサイトより
北朝鮮の画像はこのサイトより
イ・ミョンバク元大統領の画像はこのサイトより
パオ・ウオンスン市長の画像はこのサイトより
ジル・セラリーニ教授の画像はこのサイトより
郭洋春教授の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) 山田正彦『TPP秘密交渉の正体』(2013)竹書房新書
(2) 山田正彦『アメリカも批准できないTPP協定の内容はこうだった!』(2016)サイゾー


posted by José Mujica at 12:32| Comment(0) | TPP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください