2018年01月07日

TPP先進国:メキシコを見よ

石油ショックを契機に食料を武器に

Earl-Butz.jpg 米国は1973年までは農産物の「減反政策」を行い、生産調整をしていた(1p94)。けれども、1971年にニクソン政権の下、米国のアール・ラウアー・バッツ(Earl Lauer Butz, 1909〜2008年)が農務長官に就任する(1p117)。バッツ農務長官は、1973年に新農業法を制定し、これまでの生産調整を止め、補助金をつけて大増産政策へと切り替える。

 山田正彦元農水大臣は、以前は米国の農家の平均規模が1戸当たり197haもあるためにコストダウンができているのではないかと考えていた(2p47)。確かに、そのようにイメージされがちだが、米国の農産物が廉価なのはそれだけではない。農家収入の約30%は国からの所得補償なのである(1p95)。生産者への直接支払いだけで政府は2兆円も使っている(2p47)

 例えば、米においてもトンあたり240ドルの価格を設定し、国際相場が74ドルであれば、差額の166ドルを生産者に支払うようにした(1p118,2p47)。トウモロコシであればエーカー当たり28ドルを支払うなど惜しみなく税金が注ぎ込まれている(2p47)

 バッツ農務長官は「食料は米国が持つ外交上の強力な手段である。とりわけ、食料を自給できない日本には有効である。日本に脅威を与えたいならば、穀物の輸出を止めればいい」と日本を名指しで言い切っている(1p94)

 米国の政府高官たちは食料は外交上の武器であると公言してはばからない。各国が米国の食料に依存するようになれば、兵器を使わなくてもその国を支配できるからである。軍事予算だけで52兆円もある国である。そのための税金であれば、米国民を納得させることができる(1p117)

 石油価格高騰と異常気象で1970年代に食料危機が起きたことから、食料の位置づけは「国民の腹を満たす」から「外交上の武器」へと変わった(1p117)。米国の食料戦略は50年もかけての周到なものなのである(2p49)

大量の遺伝子組換えトウモロコシの輸入でトウモロコシ農業が壊滅

 1994年、米国、カナダ、メキシコ間において北米自由貿易協定(NAFTA= North American Free Trade Agreement)が締結される(1p191)。その結果、一年に800万tもトウモロコシが輸入されるようになる(1p16)。しかも、米国はトウモロコシで28ドル/エーカーの補助金をつけている。メキシコの伝統的な小規模農家が太刀打ちできるはずがない(1p16,2p26)。メキシコの農家はひとたまりもなく、250~300万戸が倒産した(1p19,1p121,2p27)。1993年にはたった20万tだった輸入量が現在では年に950万tもの遺伝子組換えデントコーンが輸出されている(2p26,2p93,2p94)

 さらに、遺伝子組換え企業はしたたかである。次々と農家は離農し、残された農地は多国籍企業、カーギル、モンサント等の子会社に安く引き取られ、遺伝子組換え農産物が大量に栽培されるようになったのである(1p16)

 そのうえで「大規模化を図って強い農業を実現しよう。遺伝子組換え種子を使えば4倍の収量があがり、農家所得が倍増する」と喧伝して初年度は無料で種子を配り農家を喜ばせる(1p94,1p122,1p136)。かろうじて生き延び自立できた農家もモンサントと契約し遺伝子組換えデントコーンを栽培することとなった(1p16)。確かに、遺伝子組換え作物は最初の3年ほどは確かに収量があがる。けれども、4~5年目には収量も減り始める(1p122)。さらに、それまでメキシコでは赤、紫と色とりどりの原種の在来のトウモロコシを栽培していたが(1p123)、これら原種もモンサントに特許申請して使用量を支払わなければならなくなってしまった(1p17,1p123)。結果として、モンサントの種子代・農薬代で借金漬けとなり、奴隷農場と化していった(1p16)

北米自由貿易協定で変質したISDの性質

 米国では政府の農業予算10兆円のうち、7兆円はアグリビジネスへと流れている(1p127)。米国では増産に次ぐ増産が続く(1p118)。食料が増産し、なおかつ、全世界へと輸出するため、食料関税の引き下げを米国は世界各国に求めた。アジア、アフリカ諸国は結束して米国に対抗する。これが、ウルグアイラウンドでのドーハ交渉の挫折につながる(1p119)。そこで、米国が打ち出したのが1994年のである。山田正彦元大臣は、このあたりからただ利潤をあげる「新自由主義」から、他国を支配する「新植民地主義」へと性格が変質したと見る(1p120)

 ISD条項とは自由貿易において投資家を保護するため、投資家がその国を訴えることができるというものである。日本語では「投資家対国家の紛争解決条項」と翻訳されている(1p191)

 例えば、北朝鮮と韓国との国際関係が悪化したため、北朝鮮のケソンにあった工場を韓国に引き上げざるを得なくなった。ケソンに投資していた企業はやむなく韓国政府に賠償を求めている。何らかの保障がなければ政情が不安定な開発途上国に対して投資する企業は現れないからである。こうした投資家、企業が国家を相手に損害賠償を設ける紛争解決の場、WTO内でのパネルと呼ばれる審判の場が設けられ、企業が属する国が相手国に対して紛争を解決する場として機能してきた(2p251)

 けれども、ISD条項はこれとはまったく違う(2p251)。その国の国内法がどうであれ、貿易協定の方が優先される。国家権力を超えるのである(1p191)

ISD条項でつぶされたサトウキビ産業

subcomandante-marcos.jpg さらに、メキシコにとっては、トウモロコシと並んでサトウキビも重要な産業である。米国では遺伝子組換えトウモロコシに化学的な処理をすることで、大量の甘味料、異性化糖を生産している。そして、補助金をつけてこれを輸出している。日本で年々砂糖の消費量が低下し、コーラーやジュースに使われる異性化糖が増えているのものそのためである(1p192)

 メキシコではNAFTAによって砂糖の関税もゼロとなり、米国から遺伝子組換えトウモロコシで製造した異性化糖が大量に輸入されサトウキビによる国産蔗糖が壊滅状態に陥った。そこで、メキシコ政府はサトウキビ農家を守るため、炭酸飲料のうち砂糖以外の甘味料を使ったものに20%の税金をかけた。このため、メキシコ政府はISD条項によって米国の食品会社から訴えられたのである。政府は争ったが最終的には1億9800万ドルの支払いを余儀なくされた(1p192)

外国資本で寡占化し主食の値段は8倍に

tortillas.jpg メキシコでは、主食であるトルティーヤが安く食べられるようになると喧伝された。このため、多くの国民が賛成した(2p93)。確かに、トルティーヤは当初、一時的には安くなった(1p17,2p93)。けれども、その加工業者は日本の豆腐屋のような中小零細御者である。10年間でほとんどが倒産した。それとともに、米国の外食産業資本が参入して流通を寡占化した。その結果、トルティーヤの値段は次第にあがり、締結前の8倍にもなったのである。この結果、南部チアパス州では武装蜂起が起きた。これもトルティーヤが食べられなくなったためである(1p17,2p93)

絶対に負けない米国

 それだけではない。米国の廃棄物処理業者が地下水を汚染する埋め立てをしようとしたため、メキシコ政府はこれを禁じた。このためやはりISD条項で訴えられ、1670万ドルの支払いをさせられている(1p194)

 人体に有害な神経物質MMTという毒物がある。カナダ政府はこれを混ぜることを禁じている。けれども、米国の石油企業は石油製品に混入している。このため、カナダ政府その販売を禁じようとした。このため、米国の石油会社からやはりISD条項で訴えられた(1p193)

 仲裁委員会は健康被害が科学的に署名されていないとして非関税障壁と判断した。カナダ政府はやむなく1000万ドルの和解金を支払った(1p193)。

 オーストラリア政府は、吸いすぎるとガンになる恐れがあると、米国のタバコ企業、フィリップ・モリスの広告を制限しただけで同社から数十億ドルの損害賠償を求められている(1p196)

Lori-Wallachs.jpg ISD条項はニューヨークにある世界銀行で3人の仲裁人のもとに、秘密、非公開の中で行なわれ、結果だけが言い渡される。プロセスの一切の資料は明らかにされていない(1p194)。山田正彦大臣は、米国政府だけは裁判で負けたことがないと指摘する(1p194)。その理由を米国のパブリック・シチズンのローリー・ワラック(Lori Wallach,1965年〜)女史は言う。

「3人の仲裁人は、約500社の多国籍企業の顧問弁護士100人の中から順繰りに決められています」

 15人の弁護士で55%のISD条項による紛争が処理されている(1p195)

ISD条項で米国すらも逆に訴えられしまう

 2013年8月、ブルネイでTPP第19回交渉に参加していた日本の鶴岡公ニ主席交渉官は(1p198)ISD条項で訴えられる危険性を指摘した山田正彦元大臣に対して「大丈夫です。日本は先進国だから訴えられることはありません。これは発展途上国に対して有効になるのです。日本にとっては利益です。日本は他の国と違って強いから大丈夫です」と答えている(1p199)

 けれども、物語はそれでは終わらない。かつては、保守の共和党党員の63%がTPPを支持していたが、現在では65%が反対に廻っている(1p22)。米国で反TPPが増えた理由のひとつは、2015年11月にカナダの企業が取得していた天然ガスのパイプラインの敷設の申請を地球温暖化を考慮してオバマ大統領が却下したためである。カナダ企業は期待していた利益が得られなかったとしてISD条項を使用して、日本円に換算して1超8000億円もの損害賠償を米国政府に求めてきたのである。これをきっかけに好意的であった共和党の見解は変わった(2p25)

 ISD条項によってEUの多国籍企業から訴えられることを恐れて、米国の全州が反対している(1p23)。民主党、共和党のいずれにも人脈を築き、隠然たる力を維持している自動車業界も反対している(1p25)

20年前のNAFTAで貧困が拡大した米国でも7割が反対

 米国の世論調査によれば、78%が自由貿易に反対している(1p22)。それは、20年前のNAFTAに懲りているからである(2p26)

 クリントン大統領は「カナダ、メキシコの関税をなくすことによって米国からの輸出が増えて、雇用が増大する。食料品も安いものが輸入され暮らし向きがよくなる」と喧伝した。そして、米国民もこの言葉を信じて6割が賛成した(2p26)

Richard-Trumka.jpg けれども、物語はそれでは終わらない。生活ができなくなったメキシコの農民たちは、大家族を連れて米国内に職を求める。2000万、3000万もの人々が米国南西部から押し寄せてきた(1p16,1p19,2p27)。全米労働総同盟(AFL=American Federation of Labor)のリチャード・トラムカ(Richard Louis Trumka, 1949年〜)会長は「河川を泳いで渡ってきた不法移民だけで600万人を超す」と語る (1p19,2p27)。

Donald-John-Trump.jpg 不法移民には最低賃金は適用されない(2p27)。メキシコからの安い労働力のために、米国人が次々と失業していく。NAFTA締結後の20年で米国人の失業者は500万人にも達した(1p19,2p27)。ドナルド・ジョン・トランプ(Donald John Trump, 1946年〜)大統領が「メキシコとの間に壁を作る」といって物議をかもしだしたのもこの問題が発端なのである(2p27)

Thea-Lee.jpg 全米労働総同盟のテア・リー(Thea Lee)副会長はこう語る。

「米国にある大きな工場が、人件費も安く、組合もなく、税金も安いためメキシコに出て行くと言い出した。なんとか思いとどまって欲しいと交渉を重ねた結果、給与を半分にすれば残ってもいいというのでやむなく条件を飲んだ。それでも出て行ってしまった」(2p27)

 パブリック・シチズンのローリー・ワラック女史によれば、この20年で4000もの工場が米国からメキシコに移動して米国の製造業の25%が空洞化したという(1p20,2p27)

 こうして米国人の給与もどんどん引き下げられ、給与水準は1972年の水準にまで落ちた。失業率は9.6%だが、職探しを諦めた潜在的な失業者も加算すれば実質的失業率は20%を超す(1p20)

Occupy-Wall-Street.jpg ことに問題なのは16~19歳の若者の失業率が2000年の33%から2010年には45%、現在は50%となっていることである。NAFTAによって米国では貧富の差が拡大した。多国籍企業に勤めている1%の人には利益をもたらしたが、99%の国民は犠牲になってしまった。こうしてウォール街を占拠するオキュパイ運動が始まったのである(1p21)

米国をTPP参加させるために金までバラまいている日本政府

 TPP協定は署名から2年以内にGDPの85%を占める国で、6カ国以上の批准がなければ発効できない(2p20)。これは、日本か米国のいずれかが2018年2月3日までに批准しなければ協定が流れてしまうこととなる。さらに、米国では合衆国憲法で大統領には通商の交渉権限はない。権限は連邦議会にある(1p21)。オバマ元大統領がTPPの交渉をまとめるには、連邦議会から大統領に通商交渉権限を与えるTPA法案を上院と下院で可決しなければならない。そして、このTPA法案の可決が難産した。オバマ元大統領は法案の採決を何度も試みたが失敗に終わり、2015年6月にようやく賛成215票、反対214票のたった1票差で可決することができた(1p21)。しかも、このTPA可決を後押しするために、米国のロビイストを起用して各議員を説得・可決を後押ししたのは日本政府である(1p22)。どれだけの金銭が使われたのは闇の中だが、米国議会がTPA法案を可決させるために、国民の税金を使ってまでロビー活動をしていたのである(2p23)
(2018年1月8日投稿)

【画像】
アール・バッツ農務長官の画像はこのサイトより
サパティスタのマルコス副司令官の画像はこのサイトより
トルティーヤの画像はこのサイトより
ローリー・ワラック女史の画像はこのサイトより
トランプ大統領の画像はこのサイトより
リチャード・トラムカ会長の画像はこのサイトより
テア・リー副会長の画像はこのサイトより
オキュパイ運動の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) 山田正彦『TPP秘密交渉の正体』(2013)竹書房新書
(2) 山田正彦『アメリカも批准できないTPP協定の内容はこうだった!』(2016)サイゾー


posted by José Mujica at 16:17| Comment(0) | TPP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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