2018年01月09日

TPP先進国:ボリビアの水攻め

市町村の公共事業に外国企業が参入する時代

 これまでは、市町村の公共事業は地元の中小の土建会社が請け負い、それが町全体の経済を潤してきた(2p181)。けれども、TPP協定によってこれは変わる。

 すでに2011年のTPPの交渉段階で、中央政府と地方自治体が公共事業を発注するにあたって、①物品、②サービス(これには水道事業が入る)、③建設サービスと、いわゆる公共事業の3分野にわけて基準額を決めて、それ以上のものについては、英語と自国語において電子入札することとされている(2p61)

 民主党の山岡達丸(1979年〜)前衆議院議員が、かなりしつこく政府に迫ってペーパ化しているが、WTOにおいては都道府県、市町村は29億円以上の工事の発注については国際入札がなされることになっていた(2p61)。けれども、今回TPPでは公共工事は設計と本体工事とが分離され(2p61)、設計については、地方の公共事業も700万円以上の設計段階で各地自体は英語と自国語とで電子競争入札をしなければならなくなっている(2p61,2p181)

 もし、そうなれば、米国の大手建設業者、ベクテル等が設計の段階から安く受注して、ベトナムや中国、マレーシアからの低廉な労働者を「商用ビジネス」のビザで連れてきて工事を進めることも予想される(2p61,2p181)。ベトナム人の賃金は日本の36分の1と言われている(4p229)。地方の中小の土建業者はひとたまりもなく倒産していくことになるだろう(2p181)。また、日本が古くから継承してきた伝統的な大工の技、左官屋の匠といった技が次第に消えて行き、安くて早いだけの画一的なプレハブ建築様式になっていくであろう(4p231)

FTAで水道事業を民営化したオーストラリア

 2004 年2月に合意が成立し、翌 2005 年1月に発効した米豪FTA問題となったものに水道事業がある(2p182,4p239)。どの国でも水道事業は、住民の健康、ときによっては命に関わるものであるため、自治体が自ら公共事業として実施してきた。けれども、オーストラリアは米国とのFTA交渉で水道事業の民営化を求められた(1p182)。オーストラリア政府は頑として民間委託に最後まで反対したが、平行線で決着がつかないまま調印してしまったのである。翌年、米国の企業がさっそく水道事業への参入を求めてきた(2p182,4p239)。当然のことながらオーストラリア政府は断ったもののISD条項で訴えると脅され、米国の要求に応ぜざるを得なかったのである(2p183,4p239)

水道を民営化したボリビアのコチャバンバ市

財政難を理由に公共水道を民営化

 1999年、財政困難に落ち入っていたボリビア政府に対して世界銀行は、ボリビアで3番目に大きな都市、コチャバンバ市の公営水道会社「SEMAPA」を民営化させる計画を押し付ける。民営化をすれば適切な料金での水道配管の敷設や給水が可能となるうえ、600万ドル(当時の日本円で7億円)の多国間債務も免除するとの好条件が提示される(1,5)

 インフラ整備がままならず、借金に喘ぐボリビア政府にとっては願ってもない話である。「飲料水及び衛生法」が制定され、市の公営水道事業は民営化される。そして、ノウハウを持つ米国最大の建設会社ベクテル社の子会社アグアス・デル・ツナリ社が運営を引き受ける(1,5)。ベクテル社とは年間売り上げ5兆円で、日本でも東京の湾岸道路、関西国際空港の旅客ターミナル、中部国際空港ビル等の多くを手がけている世界最大の建設会社である(4p238)。アグアス・デル・ツナリ社も事実上ベクテル社なので、以下、べクテル社と書こう。

水道代を月給の3割に値上げし、利潤のあがらない遠隔地は給水カット

 コチャバンバ市は上下水道を40年間、ベクテル社に安値で請け負わせる(2p193,3)。ところが、上下水道事業を引き取った同社がやったことは驚くべきことだった(3)。収益があがらない遠隔市街地へのサービスのカットをし始め(3)、インフラ整備が十分ではないためにもともと高かった水道料金をわずか1週間でが以前の2倍以上に値上げしたのである(1, 2p183,4p238,5)。最低月額給料が100ドルに満たない町において水道代が20ドルにもなったのだ。ボリビアでは20ドルは5人家族が二週間食べていく食費に相当する。当然のことながら水道代を支払えないどころか、食事さえ満足にできない家庭が続出した(1,5)。月収の3割を水道代にあてなければならないのだ。市民にとってはたまったものではない(2p183,4p238)。そして、ベクレル社は支払い不能者には容赦なく給水を停止した(1,5)

 水問題解決のためにコミ二ティーや協同組合が掘った井戸までもべクテル社は自分たちの管理下に置いて、その井戸代の料金すらもひきあげた(1,5)。市民たちは雨水をためて使うようになる。街中にバケツや受け皿が並んだ。困ったベクテル社はボリビア政府に働きかけ、雨水を使ってはならないとの法律を作らせることにした。もし、法律を作らなければISD条項で政府を訴えると脅したのである(2p183)。さらに、雨水に関しても契約上、我が社に権利があるとして、雨水にまで料金を徴収しようとした(4p238)。水はいわずと知れた生命の源である。生命を維持していくうえでなくてはならない。汚染されていたり腐敗された水を飲むとコレラや腸チフス、サルモネラ中毒等で死んでしまう。水道料金を支払えない貧困層の人たちはバタバタと倒れ死に至り、尊い命が次々に奪われていく(1)。すなわち、ボリビアでは、べクテル社による大量殺人が合法的に平然と行われたのである(5)

「水は神からの贈り物、商品ではない」市民の反撃

Oscar-Olivera_LRZIMA20150102_0097_11.jpg さすがにここまですると、住民たちも黙っていない(2p183)。水道事業が民営化された翌2000年1月、「水と生活を防衛する市民連合」が結成され、大衆の運動によりコチャバンバ市は4日間機能停止に追い込まれる。翌2月には、市民たちは 「水は神からの贈り物であり商品ではない」というスロガーンを掲げ平和的デモを行う(1,5)。市の広場で平和裡に抗議集会を始めたのが労働組合指導者オスカル・オリベラ(Oscar Olivera,1955年~)である(3)。それに賛同した何百万人もの国民がコチャバンバ市を行進した(1,5)。けれども、ベクテル社の要請を受けた警察機動隊が集会者に襲いかかり、200人ほどが負傷し、2名が催涙ガスで盲目になくなる。この騒ぎをきっかけに抗議デモの規模は爆発的に大きくなりコチャバンバだけではなくボリビア全体に広がった(3)。ゼネストも行われる。ボリビア政府は水道料金の値下げを約束した(1,5)

 けれども、ボリビア政府は水道料金の値下げの約束を守らなかった。4月にIMFと世界銀行、米州開発銀行から圧力をかけられ政府は戒厳令を布き、抗議の沈静化を図る(1,5)。ボリビア政府はベクトル社との契約を守るために軍隊を出動させた。けれども、騒ぎは収まるどころか全土に広がった(4p238)

social10_03.jpg 政府による沈静化で4月に入って17歳の少年が国軍将校によって射殺され(3)、抗議する市民や活動家たちを逮捕し9名を殺害。約100名がひどい怪我を負わされた他、数十名が逮捕され、メディア規制がしかれるという、信じられない弾圧が行われた(1,5)。政府に暴力を持って市民を制圧するように「アドバイス」したのは世界銀行とIMFである(5)。紛争はますます激しさを増し、2001年8月にはウゴ・バンセル・スアレス(Hugo Banzer Suárez, 1926〜2002年)大統領は病気を理由に辞職し、その後、政府は水道事業の民営化を規定した法律の破棄を余儀なくされた(3)

 バンセル政権は転覆し、市民は勝利を手に入れた。けれども、後に残されたのは膨大な借金と賠償金である。水道民営化の契約が破棄され、水道事業が公共事業SEMAPAの手に戻ったのはいいが、開発費の借金と水道配管設備の工事代金等、膨大な借金が市民に負わされた(1,5)。市の公共水道事業SEMAPAは弱体化し、資金繰りに苦しみ、水の供給は週に5日しか無く、さらに水質も問題視されるほどクオリティーは落ち水道管の破損により供給する水の半分が損失しその破損を修理する資金も不足した(1)

撤退しても契約破棄代はいただきます

 ここまでしてやっとベクテル社は撤退した(2p183)。けれども、ベクテル社はただでは引き下がらない。契約違反だとして多額の賠償金の支払いを貧しい小国ボリビアに求めた(3)。ボリビア政府は契約破棄料の2500万ドル(約25億円)の賠償金まで要求されたのである(1,5)。しかも、ボリビアの水道事業は日本等の援助もあって既に施設ができていたため、それを押収したベクテル社がかけた費用はわずか100万ドルに過ぎなかった(4p239)

evo-fidel-thumbnail2.jpg このコチャバンバ市での水闘争が2005年の大統領選挙において、反米、反世界銀行、反民営化、反グローバリゼーションの先鋒である先住民出身のエボ・モラレス(Evo Morales Aima, 1959年〜)大統領の当選につながっているともいえよう。何より、モラレス大統領はコチャバンバ地方を拠点とする農民運動の指導者だったのである(3)

べクテル社の新たな魔の手はどの国をターゲットとしているのか

 それはさておき、水道事業の民営化についてのベクテル社の魔手はフィリッピンやインドやアフリカ諸国にも及んでいる。ローカルな反対運動は各地で起きているが、いままでのところ成功したのはコチャバンバ市だけのようだという(3)。けれども、2025年までに水は110兆円の巨大市場になるともいわれている(4p198)。そして、TPP交渉の主役は600社のグローバル企業である(4p238)。彼らがそれを狙わないわけがない。

 2013年4月19日、当時の麻生副総理は、ワシントンにある超党派のシンクタンク、米国戦略国際問題研究所(CSIS= Center for Strategic and International Studies)で「日本の水道事業はすべて民営化します」と講演している。日本ではIWJと週刊東洋経済が取り上げただけで、テレビ、新聞も一切報道しなかった(4p237)

 おそらく、日本がTPP交渉への参加のために条件として水道事業の民営化に応じたため、麻生副総理がこうした発言をしたのではないか(4p237)。そして、その裏には、米国のベクテル社と日本の竹中平蔵氏の動きがあったのではないか。そう山田正彦元農水大臣は書く(4p238)。これが憶測であって事実ではないことを願いたい。けれども、このサイトを見るとこんな情報が得られるのである。

 東京都が下水道施設の運営権の民間事業者への売却を検討していることが、昨年末12月26日に「都政改革本部(本部長・小池百合子知事)」の会議で検討課題として報告された。  すでに日本の様々な自治体では水道サービスの一部分の民間委託が進んでいる。外資系の企業も当然存在する。けれども、今回の法改正の問題は、経営権をも民間に渡す、いわゆるコンセッション契約がより促進されることにある。もちろん、地方自治体、とりわけ、過疎地では人口減もあり予算も少なく公共サービスとしての水道事業の維持自体が困難になっているのは現実である。けれども、東京は違う。東京都の水道は質も高く料金も安い。すなわち、赤字ではない。逆に言えば企業にしてみれば旨味も大きい。「人口減を見越して」という理由も十分な説得力がない。今回は下水道らしいが、これは上水道にも及ぶ可能性もある。事実、すでに昨年の国会で「水道サービスの民間委託」、とりわけ、経営権を渡すコンセッション契約の道をすすめる水道法改正が審議されかけた。今国会では必ず出てくる。

編集後記

 水道料金が以前の2倍以上に跳ねあがり、細菌の入った不衛生な水で病気になる。このボリビアの水道事業を丸抱えで請け負ったのがまたしても米国企業。べクテル社である(5)。拙ブログをここまでお読みになった方は、こうした会社はどうみても外道だし、そうした外道への日本の水道の売り渡しを目論んでいるとしたら、そうした政治家も官僚も外道なのではないかと思われるのではありますまいか。

 このブログの「山田正彦さんの講演録」では、山田正彦元農水大臣は、日本のホセ・ムヒカ(José Mujica, 1935年~)なのではないか、と褒めちぎってみた。けれども、『老子』の「大道廃れて仁義あり」や『史記』の「国乱れて忠臣見わる」は決して望ましい話ではない。コチャバンバ市民たちの「水は神からの贈り物であり商品ではない」のスローガンのように、この水に恵まれた列島ではもともとタダであった水がマネービジネスの道具にされなければ、商品化されなければ、私がこんなブログを立ち上げる必要もないし、署名運動をする必要もない。ホセ・ムヒカやエボ・モラレス、はたまたモラレス大統領が信奉するフィデル・カストロ氏の如き革命家や政治家は必要ないのである。世が泰平であれば猫を抱えてのんびりと縁側で日向ぼっこができるはずなのに、誠に嫌な渡世である。
(2018年1月9日投稿)
【画像】
オスカル・オリビエラ(Oscar Olivera, 1955年~)氏の画像はこのサイトより
水騒動の画像は文献(3)より
エボ・モラレス大統領の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) 2009年3月12日「ボリビア水戦争 ~水と公共事業は誰の物か~」Social
(2) 山田正彦『TPP秘密交渉の正体』(2013)竹書房新書
(3) 2014年8月6日:藤永茂「良く生きる」(VIVIR BIEN)(序)2000年2月に起きた「ボリビアのコチャバンバの水騒動」。
(4) 山田正彦『アメリカも批准できないTPP協定の内容はこうだった!』(2016)サイゾー
(5) 2016年4月28日「貧乏人は水を飲むな。「水道民営化」を推進するIMF、次のターゲットは日本」カレイドスコープ


posted by José Mujica at 07:00| Comment(0) | TPP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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