2018年01月15日

印鑰さんの講演をお聞きになる方のために

映画、遺伝子組み換えルーレットを是非見ていただきたい

 来たる1月20日にはまずドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレットー私たちの生命のギャンブル』を見ていただくこととしている。

 この映画をご覧になった後に、印鑰智哉氏に「種子法廃止で暮らしはどうなる?長野の種子(いのち)を守ろう 」と題して種子法廃止をめぐる課題についての講演をいただくが、映画と演者との間には「つながり」がある。この米国製の映画の日本語版を監修したのが、そもそも印鑰智哉氏自身だからである。氏は2017年12月31日のフェース・ブックでなぜ、この映画の日本語版を作成したのかを書かれているので、引用しておこう。なお、小見出しは私の方で勝手につけた。

米国と異なり専門家の問題となっているため遺伝子組換え消費が増える

「遺伝子組換え食品がどのような健康被害を与えるのか。この問題を考える時、ドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレット−私たちの生命のギャンブル』(原題 Genetic Roulette - The Gamble of Our Lives)はとても貴重な情報を提供してくれる。

 公開されたのは2012年9月ですでに5年が経っているが、この問題について深く掘り下げたものとして今なお、他に類がない。しかし、5年経った今でも古さを感じない。

 なぜ、この映画の日本語版を作ったか。それは当時の日本での遺伝子組換え問題に関する議論に苛立ちを感じていたからだ。

 遺伝子組換え食品の危険性に言及すると、すぐに訂正要求が来る。現実に、遺伝子組換えによって健康被害が起きる可能性を指摘している研究論文は数あるにも関わらず、「遺伝子組換えによる健康被害はわかっておらず」と書かなければならないかのように誘導される。結局、「予防原則の観点から避けた方が望ましい」というあたりに着地させられる。だから「なんだ、悪いかどうかわからないのなら気にしなくてもいいや」ということになってしまう。誰にとっても関わる社会全体に及ぶ食の問題なのに、ごく一部の人たちだけが関わる特殊な問題にされてしまっている。

 実際に、特に米国では遺伝子組換えによる健康被害問題が広く語られ、地域でシェアリングのさまざまな活動が行われ、事態を変えるために活動が起きているのに、日本ではほとんど知られず、その結果、米国で遺伝子組み換えを食べない人が増え続けているのに、逆に日本では遺伝子組み換えの消費が増え続ける、という現状になってしまっている。

誰も読まない研究論文の内容を発信するより誰もが視聴できる映像を

 そうした事態に対して、自分で遺伝子組換えと健康被害の関係についての研究論文を紹介しまくった。でも、研究論文をSNSなどで紹介したところで、それを読む人の数はたかが知れている。増え続ける遺伝子組換え食品の消費を変える力にはならない。そうした情報を多少、流通量の多いメディアに出そうとしても、結局、無難な予防原則を超えるような表現は忌み嫌われる。「なんだよ、これ、日本は何周遅れなんだ」と嘆いても、無駄だ。日本語の情報はみなそうなっている。飛び出した表現を横並びに編集するのが編集者のリテラシーであり、それを理解しない「未熟」な書き手の文章は書き換えられる、というのが日本。そうした編集者は英語やスペイン語で山のように流れている文章は読まないから、そこにどんな落差があるか理解しようとしない。

 研究論文を全訳しても読む人は限られる。知ったかぶりをする人たちの認識を変えることは困難。そんな状況を変えるにはこのドキュメンタリーの日本語版を作るしかないと思うようになった。

パルクの内田さんの協力で誕生したビデオでやっとスタート地点に

Shoko-Uchida.jpg 最も映画の日本語版を作った経験などない。版権を問い合わせたら100万円を超える金額を言われて、到底無理だとあきらめてしまった。「いや、それは可能だよ、やろう」といったのがNPO法人アジア太平洋資料センター、パルク(PARC:Pacific Asia Resource Center) の共同代表の内田聖子さんだった。そして、クラウドファンディングを開始したら、内田聖子さんの言うとおり、200万円を大幅に超す金額が集まり、完成させることができた。

 このドキュメンタリーは予想通り、日本における遺伝子組換え問題を議論する地平を変えたと思う。あのドキュメンタリーを見れば、なぜ、今、米国で多くの人が遺伝子組み換え食品を避けて、有機食品市場が急激に拡大しているのか、その背景を理解することができるだろう。ようやくスタート地点に立てたと思う。

版権は3年、だから、今年10月までに多くの人が見て欲しい

 まだこの映画を見ていない人は是非、見てほしい。文章で読むよりも、映画を見た方がはっきりわかることがある。また上映会を開くのであれば版権の関係で上映可能なのが2018年10月31日までなのでぜひ急いでほしい。

 反省すべき点もある。これでようやくスタート地点に立てたと自負はするけど、日本で遺伝子組換え食品の消費拡大を止めるだけの広がりをまだ持てているわけではない。そこまで広げるだけの力がまだまだ足りていない。

 広げる力が足りていないだけではない。なにせ、情報詰め込みの映画を字幕だけで提供したので、字幕を追い切れないという人が多い。吹き替え版を作る準備はしたのだけど、実現できていない。

 また、映画が85分と長い。日本ではあまり見る必要の低い部分を切って45分程度にしたものを個人的に編集して作ってみた。45分ならば上映会と学習会をいっしょにやることもできる。

 吹き替え版と短縮版を作ればさらに広く見てもらえると考えたが結局、企画段階で止まり、実現できておらず。費用的な制約から3年間の版権しか取れなかったので、限られた期間のうちに取り組めなかった。もっとも、もっと長く上映したい、DVDを購入したい、吹き替え版がほしい、という要望が多ければさらに版権を獲得して取り組むことは不可能ではないかもしれない(20171231)

種子法廃止と遺伝子組換えはどう繋がるのか?

 それでは、種子法廃止問題と遺伝子組換え問題はどうつながるのか。これについても、「Days Japan」の2017年12月号が「遺伝子組換え問題と種子法廃止の問題」をセットで取り上げている。「Days Japan」の編集部の意図は「遺伝子組換え問題」と「種子法廃止問題」とを組合せて考えたいことにあったという。確かに、種子法廃止が遺伝子組換え農業の開始につながる可能性が高い。事実、山田正彦元農水大臣はそうした危機感を抱いている

 けれども、印鑰氏は、今回の「種子法廃止問題」は「遺伝子組換え問題」とはいったん切り離して考えることも重要ではないかと考えている。そして、氏は2017年11月18日のフェース・ブックで、「遺伝子組換え問題」と「種子法廃止問題」との関係について実にわかりやすく書かれているので書かれているので、これも引用しておこう。なお、小見出しは私の方で勝手につけた。

野口のタネの野口勲氏とのインタビュー

「Days Japan」の2017年12月号で遺伝子組み換え問題と種子法廃止の問題を取り上げていただいた。日本のメディアの中で遺伝子組み換え問題を扱うものはほとんどないといっていい。しかし、Days Japanはこれまでも遺伝子組み換え問題を取り上げている貴重な存在だ。

daysjapan1.jpg さすがに写真で見せる雑誌だけに写真がすばらしい。ネオニコチノイド系の農薬でコーティングされて緑色になっているトウモロコシの種子などはカラー写真で見るとやはりぎょっとする。記事は野口種苗の野口勲さんのインタビューとセットになっている。野口さんは言うまでもなく、固定種の種子を扱うことで有名なタネ屋さん。とても貴重な存在だ。もっともF1によって蜂が減少しているんではないかという説などはちょっとわからないところがあるものの、その話しは長年の経験に裏打ちされて人を引きつける。今回の記事は別々のインタビューなのでお会いしているわけではないし、インタビューがいっしょに出ることも知らなかった(20171118)

遺伝子組換え種子が登場しなくても種子法廃止だけで十分に大きな問題

 今回のDays Japan編集部の意図は、「遺伝子組換え問題」と「種子法廃止問題」とを組合せて考えたいということにある。そこで、記事の種子法に関する見出しも「種子法廃止でコメも遺伝子操作される」「遺伝子操作されたコメはすでに外食産業で出されている」となっている。けれども、これは少なくとも僕のインタビューとは離れた見出しになってしまっている。ここで「遺伝子操作されたコメ」というのは「みつひかり」のことを差していると思われるが、「みつひかり」は遺伝子操作されているわけではない。言葉を曖昧に使ってしまえば、いわゆるゲノム編集を含む遺伝子組み換えは従来の品種改良とはまったく異なる。遺伝子組換えでは細胞単位に取り出され、遺伝子操作が行われ、その細胞を培養することによって作物を作る。そのプロセスゆえに生じる問題をしっかり批判するために、遺伝子操作という言葉は曖昧に使うべきではないと思う(20171118)

 そして、今回の種子法廃止が遺伝子組換え農業の開始につながる可能性もないわけではない。しかし、今回の「種子法廃止問題」は「遺伝子組換え問題」とはいったん切り離して考えることも重要ではないか。

 というのは、遺伝子組換え種子が、登場しないとしても今回の種子法廃止は十分に大きな問題を引き起こしうるからである(20171118)

種子の特許権を企業が取得すれば種子の多様性が失われる

 daysjapan2.jpg最大の問題は種子への特許あるいは種苗育成者権と言われるものである。米国においては1980年に初めて「生命への特許」を最高裁が認めてしまった。この判決以降、米国の米国特許商標庁は種苗育成者に実用特許を認め始めた。米国の先行法では種苗育成者権を認める場合であっても研究用に使用することや農家が種採りをすることも例外として認められていた。しかし、米国特許商標庁が認めた特許はそれを事前の権利者からの許可がない限り禁止するものだった。

 その後、続々とバイオテク企業が種子の特許の申請をはかる。こうして、もはや種子について自由な研究・開発がとても困難になってしまった。この結果、数多くの種子の品種を米国の農業は失うことになってしまったのである。

 その種子の中に特許の取られた形質が入っていれば、訴えられる可能性がある。となると、もはやその種子は使えなくなる。その結果、研究も停滞してしまう。

 そうした特許で独占されない公共品種が十分にあれば研究もその公共品種で行える。しかし、米国で栽培される大豆の9割、8割のトウモロコシにモンサントが開発した形質が入っている。米国では小麦はまだ公共品種が基本なので、小麦の場合はまだ違うが、大豆、トウモロコシ、コットンではきわめて厳しい(20171118)

種子の権利が私有化されれば民主主義の根源すら危うい

 もう1つ起きたのが種子企業の買収・合併である。これによって最大の種子企業へと成り上がったのが元は農業とは縁の無かった化学企業であるモンサントだった。こうして少数の企業が種子を支配する体制が固まっていく。

 今回の種子法廃止によって、公共品種のコメ、麦、大豆の種子の発展と維持・生産供給を国の責任としてきた体制を根拠付けた法律がなくなる。そして、民間企業にそのノウハウを委譲させることを促進させる新しい法律ができている(筆者注:農業競争力強化支援法(平成29年5月19日法律第35号)第8条4項:種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること)。こうなれば、企業に取られたものはもはやアクセスできなくなることだろう。税金で開発したものが多国籍企業の独占物になってしまう。食が多国籍企業の所有物となってしまう。

 食というまさに人びとの人権の基盤にあるものが多国籍企業の所有物になるという事態は、いってみれば主権在民を基底した憲法がいつのまにか、企業の特許を守る法律に作りかえられるに近い事態と言っていい。

 その意味で、こうした動きは変えていかないと大変なことになる。たとえ遺伝子組み換え種子でなかったとしても、そうした食の主権者でわれわれがなくなってしまうのであれば大いに問題だろう(20171118)

種子の多様性が失われれば人類の存続も危ぶまれる

 われわれのものでなくなるから問題、ということの上に、この多国籍企業による種子に依存することは将来的な生態系的な崩壊も考えなければならないだろう。現在の特許システムの中、多国籍企業もまた多種多様な種子を開発することは不可能だ。高額な開発費用がかかり、その回収のために世界中で同じ品種を栽培させようとする。そこで生じる環境負荷によって土壌喪失、病害の発生などが生まれうる。それによる破局を避けるためには、こうした多国籍企業の種子に依存しない多様な農家の種子を守らなければならない。しかし、その農家の種子を奪う動きが世界で動いている。どう種子を守るか、これは農業関係者だけの問題では決してない。私たち人類の生存に関わる問題だと言えるだろう。種子法廃止問題は決して一部の人たちの問題ではない(20171118)

「悪」の批判よりも「善」の創造を

 さて、今回の勉強会を開くにあたり、私なりに知人・友人にお声がけをさせていただいたが、ある方から「それって、アンチ安倍内閣という政治色がある集会なんじゃないの。政治に巻き込まれるのは嫌んだけれども」という感想を漏らされる人がいた、という感想をお聞きした。確かに、種子法廃止は現在の政権、日本国政府が打ち出しているものだから、それに対して疑問符を突きつけるということは、現行政権の政策に対して「ノー」という評価を下すこともつながる。私自身はこの問題に対して、「はじめに」で「とりあえず、「立場」を捨てて一個の「生物」として「私」の原点に立ち返ってみてください」という形で問題提起をさせていただいている。けれども、印鑰智哉氏は、政治やイデオロギーの問題について2017年12月25日のフェース・ブックと2018年1月13日のフェース・ブックでさらに奥深くこの問題を扱っているので、これも引用しておこう。私自身、種子法問題にどう関わるかについて非常に参考になったし、このブログをご訪問下されたあなたにとっても参考となると思う。なお、小見出しは私の方で勝手につけた。

イデオロギー的な批判よりも新たな土俵を作ることで人々は変わる

 イデオロギー・思想の闘いは得てして不毛な結果しかもたらさない(20171225)。自分の書き込みを振り返って、政府や企業のひどい動きのモグラ叩きばかりになってしまっていることを反省している。そうした動きに目をつぶっていい動きが作れるわけはないのだけど、モグラ叩きを続けているだけでもいい動きは生まれてこない。ひどい動きへの対処療法では根本的な問題は解決できないのだから(20180113)

 ブラジルの民衆運動を見てみると、どんなに厳しい状況の中でも根源的な問題に立ち返り、そこから自分たちのめざすもの、将来像を明確にするという作業を怠ることがないように見える(略)。相手の土俵の上に乗せられてしまえばもう勝負は見えている。そうではなく、その土俵設定そのものを問い返さなければいけない(20180113)

有機農業は栄養的に人を健康として環境を守り、雇用を創出する

 実際に人びとの行動を変えるのはある具体的な事実であることが多いと思う。具体的な指標で比較した時、明確にその差が出る時、人びとの行動は変わっていく(20171225)

 農業生産はどうあるべきか考えてみる。例えば、単位面積あたりの収穫高ではなく、栄養という指標で比較してみよう。モンサントの農薬を使う遺伝子組換え大豆はカロリーこそさほど変わりないが亜鉛等の微量ミネラルが不足するといわれる。微量ミネラルが欠けてしまえば深刻な疾患に陥る。人の体は微量ミネラルを食から得られなければ命を保てないからだ。グリホサートはキレート剤としてそうしたミネラル分を植物が吸収することを阻害してしまう。そして体内に入ったグリホサートは他の植物に含まれるミネラル分の体内への吸収を阻害してしまうかもしれない。これに対して有機的な方法で作られた作物はそうした栄養面に対して圧倒的に有利である(20171225)

 次に、土壌に蓄えられる炭素という指標から比べてみよう。有機的な生産ではそうでないものに対して、26%多く炭素を土壌に蓄えることができる。植物による光合成によって炭水化物が地中に放出され、それが土壌の栄養となる。土壌を豊かにして、植物の共生細菌を養い、菌病から植物を守り、さらに土壌細菌がもたらすミネラル分などの栄養を植物に与え、さらに大気中の二酸化炭素を土壌に固定することによって気候変動をもたらす要因を減らすことができる。

 さらに職という面から見てみる。産直に支えられる農業は市場向けの農業に対して、地域経済を豊かにすることができる。米国の研究では産直に支えられる農業は地域で循環する割合が高く、一般市場向けに行われる農業に対して3倍以上の職を作り出すことができるという(20171225)

食を変えれば、健康も環境も守られ仕事も作り出せる

 世界で深刻な栄養失調状態にある。必ずしも食がなくて飢えているわけでなく、栄養に問題のある食が溢れ、糖尿病と栄養失調が共存し、悪循環に陥っているケースが増えている。世界を襲う気候変動、そして、職を失う人びと、すべて、今、解決を求めて世界がさまよっているものばかり。日本も無関係では決してない。これを食のあり方を変えることで解決可能になることがわかれば、世界は変わり出すだろう。そして、現に変わりだしてきている。その変革を実現する時に鍵となるのは「種子」である(20171225)

多様性のある種子を認めよという運動を展開したブラジル

 登録された種子以外は使用禁止にする制度を多国籍企業や先進国は求めてくる。登録する基準は多国籍企業が作ったものだ。新しく、均質な種子でないと品種として認定されない。登録料は高い。それでは、農家が育んできた種子を登録できるように制度を改定すべきだろうか。

 ここでブラジルの「アグロエコロジー運動」が要求したものはそれとはまったく別のものだった。そもそも農家の種子(クリオーロ種子)は多様性を持つ。均質性を持つ企業の種子とはもとから異なる。そしてそれは地域の文化を体現したものであり、そもそも多国籍企業が開発した工業的規格に当てはめることが無理なものだ。だから、まず、クリオーロ種子の重要性と農家が持つ種子の権利を認知させた上で、工業的基準にクリオーロ種子をあてはめるのではなく、クリオーロ種子を別扱いせよ、さらに工業的規格を当てはめることを禁止せよ、と要求した(20180113)

 その要求が認められ2003年にブラジルでは先住民族や農家が代々受け継いできた種子の持つ意義を認めて、その権利を保障する画期的なクリオーロ種子条項が作られた。農家が安心して自分たちの種子を使い続けることができるだけでなく、政府はその権利を守るために、各地域の種子交換会やシードバンクの建設を支援したり、また農家からクリオーロ種子を買い上げ、必要とする農家に販売することでクリオーロ種子の復権に力を発揮している(20180113)

アグロエコロジーは工業的農業よりも生産性も高い

 生態系を破壊せず、その力を生かした農業が現在の支配的な工業型農業に比べ、高い生産性と持続性を持つことが科学的にも立証された。アグロエコロジーである。それは農民運動の旗印となっただけでなく、環境運動や女性運動、ホームレス運動など広い社会運動の共通の旗印となってきている。広汎な社会の支援を元に、アグロエコロジーはブラジル政府の政策に採用される(20180113)。そして、工業的農業ではない農業を可能にするのは、そうした種子があって初めて可能になる。気候変動や社会を守る上で、種子は最優先課題にする必要がある(20171225)

相手の土俵で戦うよりも別の新たな土俵を作ってしまおう

 日本政府のやることのおかしさを叩かないわけにもいかない。けれども、産業界が押しつける土俵に相手の土俵に無防備に登ってしまうと「責任ある野党」だの「建設的対話だの」と言われるおそろしい状況になっていく。

 そうではなく、異なる要素が社会の中に息づき始めれば、その民衆運動が描くオルタナティブはそう簡単に潰されるものではない。また資本によって買収されてしまうこともない。やはり根源的な場面に遡り、しっかりともっと大きな絵を描いて、依拠すべき土俵を描くことに時間を使いたい。それは可能なのだ(20180113)
(2018年1月13日投稿)

【画像】
パルク(PARC:Pacific Asia Resource Center)の内田聖子さんの画像はこのサイトより
Days Japanの不自然な食卓の表紙はこのサイトより
Days Japanの不自然な食卓の画像はこのサイトより
【引用文献】
2017年11月18日:印鑰智哉氏のFacebook
2017年12月25日:印鑰智哉氏のFacebook
2018年1月13日:印鑰智哉氏のFacebook


posted by José Mujica at 07:00| Comment(0) | 講演・学習会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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