2018年05月21日

食べ物がなければ文明は崩壊する

コーヒーさび病によって紅茶はコーヒーに変わった

Harry-Marshall-Ward.jpg 意外に思えるが、19世紀のイギリス人は紅茶ではなくコーヒーを飲んでいた。1797年にオランダから奪って植民地としたセイロンにプランテーションを造成し、そこからコーヒーを輸入していた(2p11)。コーヒーをセイロンやジャワ島に持ち込んだのはオランダ人である(2p339)。当初のコーヒーは自然林の中に造成されていた。けれども、需要の拡大とともにイギリス人たちはコーヒーを大規模なプランテーションで栽培していく。野生種に近いコーヒー種は失われ、中央高地の16万㏊ではコーヒーだけが栽培された(2p11)

 1887年にセイロンを訪れた菌類生物学者、ケンブリッジ大学のハリー・マーシャル・ウォード(1854〜1906年)教授は、モノカルチャー栽培の危険性を警告する。この予言は的中した。コーヒーさび病によって壊滅的な打撃を受けたのだ。アジアやアフリカ他の地域でも同様の事態が発生する(2p12)。こうしたこれまで世界の3分の1も生産してきたアジアとアフリカのコーヒーのシェア率は5%以下に落ち込む(2p339)。セイロンでのコーヒー園には紅茶に植えられた(2p12)

世界で栽培されているバナナはクローンである

 1950年にはほとんどのバナナはグアテマラで生産されていた。ユナイテッド・フルーツ社が運営する巨大な農場の利益は巨大なもので(2p9)、1950年ではその収益はグアテマラのGDPの2倍にも達していた(2p10)

 バナナは熱帯アジアやパプアニューギニアで栽培化された。こうした地域の野生のバナナはコウモリが受粉している。しかし、吸枝と呼ばれる根を植えた方が簡単に栽培できる。このために種子を結ぶ能力がない品種が進化した(2p339)。このため、栽培化されたバナナは受粉することが難しくほとんど種子を結ばず、刺し木を植えてクローンで増やす。グアテマラ、ラテンアメリカ全般のバナナはすべてが遺伝的に同一でグロスミッチェル種だけが栽培されていた(2p10)

 けれども、クローン栽培は経済的メリットがあっても生物学的には問題をはらむ(2p11)。ある病菌が侵入すれば全滅するリスクがあるからだ(2p12)。コーヒーと同じく、1890年にパナマ病菌がプランテーションを破壊し始める。パナマ病菌は数十年も潜伏できるためグアテマラではほぼすべてのプランテーションが壊滅し放棄された(2p13)

 グロスミエッチェルに類似してパナマ病に抵抗性を持つバナナは、キャベンディッシュしかない(2p13,2p14)。いまスーパーで販売されているバナナはすべてキャベンディッシュのクローンである。ユタ州のワッサチ山脈には地球最大の有機体、ポプラがある。3万7000本の木のすべてが遺伝的に同一であり、互いに根で結びついていることから森全体をひとつの有機体としてもみなせる。コローニーに属するアリも遺伝的に同一であるため、単一の有機体とみなしうる。この考え方からすれば(2p11)、バナナは史上最大の集合的有機体とみなせる(2p15)

 ちなみに、キャベンディッシュがいまもパナマ病菌への抵抗性を失っていないのは、パナマ病菌が多様性に乏しく比較的適応能力を欠いているだけにすぎない。そして、いま、パナマ病を引き起こす病原体の近縁種、フサリウムの新たな株が進化している。これはグロスミッチェルとキャベンディッシュのいずれも枯らす能力を持つ(2p15)

文明の登場

Sargon-Akkad.jpg  なぜ紀元前1万年前に農業が始まったのかはわからない。ビールのために生じたという説もある。農業が始まる以前から、発芽したオオムギを腐るまで放置することによってビールは製造されていた。米国でトウモロコシ、アジアでコメが栽培されたのもアルコールが理由だった可能性もある(2p369)。何はともあれ、メソポタミア東方のザクロス山脈の小さな村に定住した人々は、野菜の穀類、ヒヨコマメ、レンズマメの収集をはじめ、これらを撒き始めた(2p281)。栽培が始まれば作物も変化する。植物にとって有害な「非脱粒」という性質は突然変異で生じたが、農民にとっては望ましかたったため、この遺伝子が好まれ選ばれた(2p369)。紀元前3500年頃にはチグリス川とユーフラテス川にはさまれたメソポタミア地域で最初の文明が勃興した(2p282)。最初に栽培されたのは、「ヒトツブコムギ」と別のイネ科植物(不明)との雑種「デュラムコムギ(硬いの意味)」である。これはゴートグラスと呼ばれる別のイネ科植物とかけあわせ、「パンコムギ」が生まれる(2p369)。北アフリカと中東は生物多様性の中心地、育種の努力がなされた中心地であった(2p285)。最も、初期の農業ははなはだしく非効率で平均寿命は低下した。単位面積当たりの土地から得られるカロリー総量が増えたとしても栄養価が減ったため、当時の遺跡で見つかる骨には栄養不良の痕跡が認めらえる(2p369)。また人類初めて歯性腫瘍の痕跡も見つかっている(2p370)

 紀元前2350年頃には同じ地域で文字の記録が始まる(2p282)。かつてのメソポタミア地方には、現在のイラクとシリアの国境近くに位置する川沿いにはウルク、ウル、ウンマ、キシュと呼ばれる一群の諸都市が並んでいた(2p287,2p369)。これら南部と北部の諸都市をアッカドのサルゴン王が統一し、アッカド帝国が誕生する(2p282,2p287,2p369)

Joseph-Tainter.jpg しかし、紀元前2200年前、すべての都市が崩壊する。この崩壊が実際にあったことを否定するものもいた(2p287)

 例えば、ユタ州立大学のジョセフ・テインター教授は、複雑な社会の崩壊の中で「大規模な社会がたったひとつの大災害に屈したことがあるとは思えない」と述べているが、この見解は誤っていたことが後に判明する(2p370)

Harvey-Weiss.jpg 考古学者、イェール大学のハヴェイ・ワイス教授らがこれまで調べられて来なかったシリアのハブール平原にある古代都市、テル・レイランを発見し、1979年から発掘調査することによって状況が明らかになった。この地域では少なくとも紀元前6000年前から人々が居住していた。数千年は村程度だったが、紀元前2800年には14haの都市が、紀元前2400年には80haとなる。サルゴン王の孫がこの都市を征服しアッカド帝国に組み入れると、都市はさらに拡大し農業も大規模化した。

Tell-Leilan.jpg  そこでは、小麦、大麦、オリーブ、ブドウ、えんどう豆、スイートピー、ヒヨコマメ、ナツメヤシ、紅花が栽培され、人々がビールやワインを飲んだり、パンやヤギ肉、豚肉を食べる施設もあった。デュラムコムギ、エンマーコムギ、大麦は帝国が運営する施設に貯蔵され、標準化された容器に詰められた分配されていた。テル・レイランは農業帝国の主要都市だったのである(2p288)

 しかし、紀元前2200年前に人々は忽然と姿を消す。難民が発生したことは粘土板からもわかる。メソポタミア南部で出土した粘土板は北部からの難民が到来したことに言及され、同様の移民の証拠がエーゲ海、エジプト、インダスの各地域の古代遺跡でも発見されている(2p289)

Pinhas-Alpert.jpg 気候学者、テルアビブ大学のピンハス・アルパート教授や気象研究所の鬼頭昭雄らは旱魃の証拠を発見する。地中海地方の気候の乾燥化とメソポタミア地方を流れる河川流量との間には相関関係があり、諸都市が崩壊した時期に地中海地方東部で旱魃が発生し、チグリス川、ユーフラテス川の流量が減り灌漑農業ができなくなったのである(2p290)。気候変動によってもたらされる困難のような単純な悲劇に屈するほど人類は愚かではないと私たちは考えがちである(2p370)

Jason-UrS.jpg けれども、崩壊に先立ち、食料供給が激減すると、人々の健康状態は悪化した。感染症が貧血症が増え、骨ももろくなった。そして、300年後に旱魃が終結するまで都市は再興されなかった(2p290)。最も、ハーバード大学のジェイソン・ウア教授は、小都市の運命はテル・レイランほど劇的ではなかったと指摘する。それは、旱魃に対応して肥料を施肥したり農業を改善したからである(2p300)

イラクでは種子が失われている

 けれども、人類はまた同じことを繰り返しているように思える。2003年、米軍のイラク侵攻後に最も偉大なイラクの古代遺産が失われつつある。それは種子だ。

 イラクの種子はメソポタミア地方の伝統的な農民たちが作り上げてきた科学技術の結晶だった。1万年にわたる栽培、選抜、交換を通じて改良されてきた。そして、戦争が始まるまではイラクは自給していた(2p279)。 しかし、2004年米国政府は、イラク農業を復興させる試みとして米国企業に種子を配布させる。「琥珀色の波作戦」の一部として、イラクの在来種子の再利用を禁じる命令条項81が含まれていた。このため、イラクの農民たちはメソポタミア地方で栽培化された種子を毎年米国企業から買わなければならなくなったのである(2p280)

モノカルチャーは進化していない脳によって進む

 人類は1万3000年前には毎週数100種類の動植物を食していた。けれども、農業の拡大とともに消費される食べ物の多様性は低下していく。グローバリゼーション化によって画一化はさらに進む(2p7)

 モノカルチャー化が進むのは、人間の脳にある。人間は、糖分、脂肪分、タンパク質、塩分が入手困難な環境において進化した。生存するために必要な栄養素を含んだ食べ物を見つけられれば、報酬が得られる味覚芽を進化させてきた(2p16)。ニューロンは鮮やかな色をした果物を見つけられるように配線されている(2p17)

 果実の多くは赤色だが、これは緑を背景にしてコントラストを高くした方が動物や鳥が遠くから見つけ、熟して食べごろだとわかり、糞便とともに種子をばらまいてくれるように植物が宣伝するためである(1p310)。トガリネズミに似た人類の祖先が昼行性となり、原猿類と真猿類に進化したとき、枝をつかむため視覚運動能力を進化させはじめる。夜行性の昆虫を食べていた食性も変化し、赤や黄色に色づいた食べ物を食べるようになることで色覚も進化させる。視覚野は霊長類で加速化され人類では頂点に達している(1p70)。

 味覚系が変化しなければ、このため、人間は誰も太古からの欲求を満たす食べ物を選ぶ(2p17)。季節に関係なくニーズを満たせようとすればするほど農業は単純化されていく(2p19)。作付面積が拡大している作物をみれば、栄養価が高いものでも、味が良いものでもなく、糖分(サトウキビ、シュガービーツ、トウモロコシ)や植物油(アブラヤシ、カノーラ、オリーブ)になるのはそのためなのである(2p17)

緑の革命とグローバリゼーションの矛盾

 2016年現在、人類のカロリーの80%は12種類、90%は15種類の植物から得られていえる。食の単純化は農業や景観の画一化も進める。トウモロコシ畑は、いま、野生の草原よりも広くなっている(2p8)。イリノイ大学の遺伝学のジャック・ハーラン(1917〜1998年)教授は伝統品種の研究に生涯を捧げ、伝統品種が失われることを恐れていた(2p243)。ハーラン教授によれば、伝統的な育種は作物の多様性を高めるが、商業目的の育種は多様性を失わせ画一化していく。教授は1972年に「在来品種の遺伝子は世代毎に捨てられていく」と憂えている。キャベツの品種は1903年から1983年にかけ544から28、ニンジンは208から21、カリフラワーは158から9に減少している(2p244)

 ここに近代農業の大きな矛盾がある。緑の革命によって誕生した作物は、伝統品種をかけあわせることで作り出されたが、広く栽培されればされるほど農業の存続に不可欠となる作物品種を枯渇させてしまうのである(2p245)

編集後記

Rob-Dunn.jpg ノースカロライナ州立大学のロブ・ダン(Rob Dunn)教授の『わたしたちの体は寄生虫を欲している』(2013)飛鳥新社は以前に読んで、非常にインスパイアされたのだが、種子の多様性の大切さやモンサントによる多様性の激減を懸念する大著を書いていることも知った。『世界からバナナがなくなるまえに』だ。アマゾンの書評も高く「日本でも種子法が廃止された。コメやコムギ、ダイズの将来を考えれば、危機は極めて近いところに迫っている可能性もある。だからこそ、本書が訴えかけていることを真摯に考えたい」とある。ということで要旨をまとめた。

(2018年5月21日投稿)
【人名】

ハリー・マーシャル・ウォード(Harry Marshall Ward)教授の画像はこのサイトより

サルゴン(Sargon)王の画像はこのサイトより

ジョセフ・テインター(Joseph Tinter)教授の画像はこのサイトより

ハヴェイ・ワイス(Harvey Weiss)教授の画像はこのサイトより

ピンハス・アルパート(Pinhas Alpert)教授の画像はこのサイトより

ジェイソン・ウア(Jason Ur)教授の画像はこのサイトより

ジャック・ハーラン(Jack Rodney Harlan)教授の画像はこのサイトより

【画像】

テル・レイラン(Tell Leilan)のイメージはこのサイトより

【引用文献】

(1) V.S.ラマチャンドラン『脳のなかの天使』(2016)角川書店

(2) ロブ・ダン『世界からバナナがなくなるまえに』(2017)青土社



posted by José Mujica at 06:00| Comment(0) | 種子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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