2018年06月19日

韓国は食料主権先進国だった

韓国農業はこうやって壊された~米国の一方的な都合で自給率が80%から20%以下に

「韓国はサムスンであり、サムスンが韓国である」

 このフレーズは、一般に耳にされ韓国の都市住民の多くからほとんど宗教的に信じられている。海外の人々が韓国といって想い浮かべるのもサムスンだが、経済的に見ればそれも無理はない(6)。経済的に世界188カ国中で第15位だが、この地位は、サムスン、ヒュンダイ、LG、大宇といった大企業の輸出によって達成されている。この韓国経済の実態を適切に表現しているのが「チェボル(韓国財閥)の国」という言葉である(4)。サムスンを筆頭にトップ30のチェボルが輸出の82%を占めている(4,6)。グローバル市場における市場占有率もかなりのもので、液晶テレビで37%、携帯電話で33%、自動車で9%となっている。まさに韓国といえばハイテク輸出がイメージされる(4)。一方、韓国農業は総GDPのわずか2%にすぎない(2)

 けれども、韓国がこれとはまったく別の社会であったのはさほど昔のことではない(6)。今日はわずか6.2%を占めるにすぎないが、1970年代には国民の半分が農民だった(2,3p1,4,5,6,7)。経済はテクノロジーではなく農業で維持されていた(6)

戦後、米国からの食料援助で生産基盤が破壊

 今となっては、わずか2世代前に農業国であったことをイメージすることは難しいが、農業国から工業国へと急速に韓国が変貌したのは偶然ではない(4)。韓国は世界でも最も急速に工業化した。同時にグローバルなアグリフードシステムの影響も受けた。その結果、農業は劇的に衰退したのだ(3p1)。韓国農業がどのようにして壊れてきたのかをみてみよう。

 まず、その第一段階は1970年代までである。米国にとって韓国は地政学的に重要であった。このため、朝鮮戦争(1950~1953年)後の1954年の公共法480号(農業貿易開発と支援法)によって、援助プログラムの名の下に大量の余剰食料が輸入される。穀物価格が暴落し、農民は生産意欲を失い、農業生産基盤の瓦解が始まる。失業した大量の農民は都市へと群がり、スラムやスプロール化が広がった(2)

1970年代からの緑の革命~換金作物化と機械化貧乏

 第二段階は1970年代に推進された緑の革命である(6)。米国からの食料援助政策が変わり、世界的な食料危機があったこともあり、1970年代に政府は市場価格よりも高額で米を買い取る政策を推進する。その一方で、米国は自国の財政危機を解決するためにその余剰食料を補助金をつけて大量に輸出し始める。これに対抗するため、韓国はエネルギー・資本集約型の「緑の革命型農業」を推進した(2)

 軍事独裁政権下にあった1970年代には、緑の革命とセットで強制的な農業動員政策「新コミュニティ運動(Saemaeul Community Movement)」によっても農業の工業化が強力に推進され、離農しなかった農民たちは「開発プロジェクト」に加わり近代化することを強いられた(2,3p5,7)。ただし、この政策の恩恵を受けるには、圃場整備や機械化や潅漑化が可能な資本を手にしていなければならなかった(3p5)。重視されたのは投入資材集約型の農業技術であり、土着の知識やスキルは無視された(7)。例えば、防害虫耐性を持つコメの在来種は、生産性が低いことから市場から排除され、そのかわりに、緑の革命を通して開発された高収量のコメを栽培することを農民は強いられた。米国型の農業開発モデルが導入されたため、農民たちは化学肥料や農薬に大きく依存し、資材購入費を稼ぐため、多くの農民は、トウガラシやニンニク等の換金作物を生産しはじめる。これが次にはモノカルチャー栽培を加速化させる(2)

 家族農業をアグリビジネスの企業型農場へ。生物多様性をモノカルチャーへ。この産業型農業が推進される中で、農業機械が用いられ、肥料や種子も購入され、種子保全活動も消失していく(6)。伝統的な家屋は「近代化」の衣装の下、石のタイルと屋根の家に置き換えられた。また、過疎化によって農村コミュニティが破壊され、コミュニティ・レベルでの労働を共有する協力の長い伝統も崩壊する。この労働不足を補うために機械化が進み、それは農家の負債を急上昇させることにつながった(2)

急激な自由化に対抗する離農と低賃金政策

 さらに、1970年代後期になると、インフレ圧と米国からの農産物の輸入圧でまたしても韓国は苦しめられる(2)。まず、1979年以降、米国政府からの農業市場開放の圧力を受けて政府は市場を部分開放する(3p1)。以前には保護されてきた国内農業セクターに対して、1980年代に入ると米国は貿易障壁を撤廃せよと圧力をかけ始める。貿易制裁の脅威から、韓国はその市場を米国の牛肉、ワイン、タバコ、米に対して開く(6)。多くの人口と少ない農地。政府は農業には未来がないと判断する(2)。それ以来、政府は農業を韓国の未来の要素ではなく過去の要素として見始める(4)。こうして1980年代初期から政府はネオリベの貿易自由化政策を重視していく(2,4)

 こうして、国家資本は工業発展に集中投下された。ただし、既存の技術力が不十分であった韓国では工業の競争力を伸ばせる唯一の手段は低賃金政策であった。このため、労働組合運動は政府から弾圧され、労働者たちは過酷な労働条件を強いられる。同時に、農村地帯からコンスタントに労働力が供給されることが低賃金政策を維持するには有利である。要するに、韓国の農業問題は、農業や農民の問題だけではなく、小規模農民を離農させ、低賃金で輸出促進を図ることと表裏一体の社会問題だったのである。1980年代半ばには軍事独裁政権が崩壊して民主主義国家が誕生したにもかかわらず、農産物の自由貿易政策には変わりがなかった(2)

ソ連崩壊とグローバルなアグリフードシステム

 米国は巨大な貿易赤字に直面していたが、ソ連が崩壊し冷戦が終焉し、冷戦同盟を強化する必要がもはやないことを理解すると貿易交渉に農業を取り込まれなければならないと論じ、WTOが世界各国の農業セクターに国際競争にその市場を開放するよう圧力をかけ始める(6)。1993年のウルグアイ・ラウンドの農業合意と1994年にWTOに参加したことによって市場は完全に開放される(3p1,5)。韓国農業は大打撃を受けた。農業輸出国である米国やEUは自国の農業者やアグリビジネスに対して1日につき10億ドルもの莫大な補助金を与えていたが、韓国は補助金や関税を撤廃することを強いられた(4,6)。1997年のアジアの金融危機の後、IMFは韓国の農業セクターにさらなる自由化政策を強いる。韓国の小規模な農民は競争にさらされ、それは4倍の負債増に終わった。1995年以降、農家世帯の債務は平均約3万ドルでそれはあがり続けている(6)。多くの人たちがこの借金により離農して都市に移住することを強いられた(5)

Doo-Bong-Han.jpg さらに、国内での大反対の後、2011年に米韓自由貿易協定が結ばれる。高麗大学のDoo Bong Han 教授やKyung Min Kim教授によれば、この協定によって韓国農業は6億2600万ドルを失った。韓国政府も韓国農民の45%はFTAで離農すると予測した(4)。米国韓国FTAやEU-韓国FTAといった相互協定によって、韓国農業はグローバルなアグリフードシステムの影響を完全に受けるようになっていく(2)

 農民にとって、これは生計の完全な喪失を意味し、市民にとっては外国の食料への完全に近い依存を意味した。以前には80%あった食料自給率が、2012年では50%となり(6)、穀物自給率は1970年代半ばの70%以上から2011年には22.6%となった(2,3p1)。穀物自給率を入れなければその自給率はわずか3.7%である(3p1)。緑の革命技術が最初に推進された1970年代以降、国内の4分の1の農地は消失した(2,3p1,7)。過去40年で、農場収入は約120倍に増えたものの、同時に負債は1600倍以上に増えた(3p1)。このため、韓国の食生活は多国籍アグリビジネスからの輸入食品に完全に支配されている(2,3p1)。例えば、国内で消費される穀物の56.9%、トップ3は小麦、トウモロコシ、大豆だが、それは、主に四つの穀物商社から輸入されている。カーギル、ADM、ブンゲ(Bunge)とLDCなのである(2)

 自給率の低さは、2007年のグローバルな食料危機のように有事の際の不足や価格高騰につながり、それはすでに逼迫している家計を苦しめる(6)。気候変動の影響も見逃せない。2010年に台風コムパスが襲来したとき米作はダメージを受けた(5)。とはいえ、政府は開発途上国から廉価な食料を輸入し続けた方がはるかに効率的だと主張した(4)。政府には、小規模農民を保護することによって国内での農業生産を増やす意図がなく、海外での穀物生産拠点を開発する方法を確立し、穀物を輸入する安定したチャンネルを確保しようとしている。米国韓国自由貿易協定とEU韓国FTAに調印することで、政府は韓国農業がグローバルなアグリフードシステムにくみこまれることを加速化している。こうした農業政策は農業の崩壊と農民の利益の犠牲につながる。韓国の現在の状況は、まさにグローバルな小規模農民が直面するそれと類似しているのである(2)

草の根のオルタナティブを探し求めて

 要するに、韓国農業は戦後、米国とグローバルな企業のフードシステムに組み込まれることで解体してきた。これに対して、有機農業、消費者協同組合運動、ローカルフードといったオルタナティブな運動も展開されてきた。そこで、次に韓国におけるオルタナティブ運動史を見ておこう。

 まず、有機農業運動は1970年代後半からカトリック農民運動によって始まっている。この運動は、農産物の価格をあげることによって農民の所得を向上させ、新たな価値観によって農村コミュニティを回復させるオルタナティブを模索する。つまり、有機農業とともにコミュニティ運動も追求された。こうした市場変化に対応して政府も環境にやさしい農業政策を推進する。とはいえ、今現在でも、韓国の有機農業運動は順風満帆とは言えない。農産品のための安定した販路はいまだに確保されてはいない。農業資材や農業機材の値上がりを引き起こし、ビジネスの実現可能性すら減らした(2)

 消費者協同組合運動は1980年代後半から始まる。運動は、当初は、少数の農民と消費者の献身的な努力による直接取引によって進められた。顔が見える直接取引を通じて、有機農産物の価値を消費者にまず認めてもらったうえで運動を進めようとしたのである。1990年代に入ると食品の安全性と関連した事故が繰り返し起こり、安全な農産品を求める需要が高まったことによって、運動が発展する基盤が生まれる。とりわけ、徹夜の抗議にも関わらず、政府が2008年に米国から牛肉の輸入を再開したことは国民の反動を呼んだ。これ以降、多くの消費者が消費者協同組合を通じて安全な農産品を購入するようになり、組合運動は、注目に値する成長を遂げている(2)

 要するに、韓国の消費者協同組合運動は、有機農業運動と手を携えて発展してきた。そして、有機農業運動は農民運動と連動して発展してきた。このため、輸入有機農産物を提供する消費者協同組合がある一方、国内では生産できない砂糖やコーヒーを扱わない消費者協同組合も多くある(2)

反グローバリゼーションと運動の停滞

 韓国農業の多数は小規模農家から構成されている。こうした圧倒的多数の農民たちは、グローバルな市場では競争力がない。このため、消え去るであろうと思われてきた。しかしながら、一連の国内外の政策にもかかわらず、韓国の農民や百姓たちは、20年間、WTOや自由貿易協定(FTA)にしぶとく抗議してきた(4)。韓国の農民運動は、1980~1990年にかけて国内的には民主主義推進の最前線にあった。対外的にも2003年のカンクンでのWTO会議に対する闘争や2005年の香港での会議への抵抗運動で知られ(2)、自由貿易体制に反対する世界の南のカンペシーノたちを奮起させてきた(4)。韓国の百姓運動を率いてきたのは、韓国女性農民協会と韓国百姓同盟で(2,3p1)、こうした市民・生産者グループのことを韓国では「のうみん(Nong-Min)」と呼ぶ(3p1)。韓国女性農民協会と韓国百姓同盟は、米の自由化反対運動から始めたが、それは、米国や中国等、主要な米輸入業者と米の関税期間を広げようとする「米の再交渉(Rice Renegotiation)」が公式に始まる前であった(3p2)

 韓国女性農民協会とは、女性農民を父権的な韓国社会や農村から解放することを目的として1989年に結成された組織で、1980年代の民主化運動で始まった女性農民運動に基づく。しかし、1990年代の米国からの市場開放圧力による自由貿易政策や農民の暮らしに悪影響をもたらす政府の政策に反対し、韓国農業を保護するための活動も展開してきた。21世紀に入ってからは、グローバリゼーションに抵抗し、WTO交渉やFTA体制に起因する農産物市場開放にも反対してきた。

 韓国では、2000年以降、まず学校に国産農産物を供給する運動が展開されてきたが、学校給食を通じて消費者との協力を強化しようとしてきたのも韓国女性農民協会である(2)

 この10年程は、一部の進歩的な消費者協同組合側もこの10年は地産地消運動と学校給食運動を通して農民と消費者とをつなぐオルタナティブなアグリフード運動を広めることを試みてきた。そして、「環境にやさしい無料の学校給食サービス」を公約した候補が2010年の地方選挙でセット勝利したことがターニングポイントとなった。グローバルなアグリフードシステム下での食品の安全性の問題、そして、政府がネオリベの経済政策を遂行した後の社会的分極化からこの新たな政策は民衆から完全な支持を得た。この2010年の地方選挙以来、多くの地方自治体は無料での給食サービスを提供し、まず学校に環境にやさしい地元食材を供給することに懸命に取り組んできた(2)

 しかしながら、長期にわたる闘争と抵抗にもかかわらず、政府が自由貿易政策を継続した結果、農民運動はそのエネルギーを失っていく。有機農業運動と同じく、消費者協同組合も危機に直面している。安全な食べ物に対して高まる消費者の関心に基づき、中級や高級な商品を求める安定した消費者市場を確保しようとした結果、消費者協同組合同志が限られた市場内で競争することを強いられている(2)

ビア・カンペシーナと食料主権の登場

 こうして、韓国女性農民協会はただ政府の農政に抵抗するだけでなく、戦略的なイニシアティブを展開する必要性を理解する。とりわけ、2003年のカンクン闘争を通して、2004年にビア・カンペシーナに加わったことがその転機となった(2)。ちなみに、韓国百姓同盟もビア・カンペシーナのメンバーである。そして、それ以降、食料主権運動が始まり、韓国女性農民協会は「食料主権の実現」のための闘争で農民運動を甦らせた(2,3p1)

 世界各地で開発パラダイムのオルタナテイブや食料主権が定期されたこともあるが(3p3)、韓国では2000年半ば以降から、近代農業のオルタナティブとして食料主権運動(3p2)、GMOへのオルタナティブとしての在来種子の評価が全国的に広がっていく(3p3)。韓国女性農民協会や百姓同盟が組織したことによって、ソウルでは「ビア・カンペシーナ」が主催する「国際食料主権会議」も開催されている(2,3p2)

2012年食料主権賞を受賞

food-sovereignty-prize.jpg 小規模でエコロジー的に持続可能な農業を生き残らせ、小規模な女性農民の権利を擁護し、在来種子の文化的な遺産を保全する韓国女性農民協会の努力が評価され、2012年10月10日にニューヨークで開催された第4回食料主権賞授賞式で、ビア・カンペシーナのメンバー、米国の食料主権連盟から見事に賞を受賞した(1,2,3p2,4,5,6,7)。農業関連の賞というと「世界食料賞」が有名だが(6)、この賞は緑の革命の父、故ノーマン・ボーローグ博士によって設立され(2)、産業型農業を用いることで農業生産を高めたものを表彰するもので、アグリビジネスやそのグローバルなフードシステムを擁護する。米国でGMO作物を開発した功績からモンサントのロバート・フラレー副社長も受賞している。環境を維持しつつ、健康的で文化的に適切な食べ物を生産する。この食料主権をいまじわじわと蝕む張本人が賞を受賞しているのだ(6)。このため、企業が支配する世界食物賞に対抗し、社会的に公正で環境的に持続可能で経済的に実現可能な生産システムを使う小規模な農民他を支援するために創設された賞なのだ(2,5,6)

「大きな名誉です。私たちの仕事が認められて本当に嬉しいです。女性が家族や子どもたちを養っていますから、食べ物は女性と密接につながっています。食べ物に対する権利は、女性の権利との結びついているのです」

 授賞式では協会のジェオモク・バク・ボンク会長はこう語った(1)

 連盟の代表、レティシア・アラニス(Leticia Alanis)(左)から食料主権賞を受け取る。右側は「南の農場(La Finca del Sur)」の代表、ナンシー・オリティス‐スルン(Nancy Oritz-Surun)(5)

 女性農民協会の活動によって、在来種子を保全し交換し普及する国内ネットワークが確立され、それは発展し続けている(5)。多くの人たちが在来作物で成功するために必要な知識とスキルを得ることができるようになっている(7)

 持続可能な農業を進め(1)コミュニティを活性化するだけでなく、女性農民協会はグローバルな政治問題や経済問題にも取り組んでいる(5)。健康的な食べ物を手に入れる消費者の権利、農民の適切な賃金や労働条件への権利、男性と同じ賃金を女性労働者が受領する権利も重視する(1)


食料主権はなぜ大切なのか

Olivier-De-Schutter.jpg 食料主権賞のセレモニーの特別ゲストは、食料の権利への国連特別報告官、オリビエ・ドゥ・シュッテルだった。シュッテルは食料主権の意味について、熱のこもったスピーチをした。

 この言葉の定義は「自分自身で食料政策を定める人々の権利です」とドゥ・シュッテルは言う。「基本的な考えは、食料政策を決めるのは、市場や企業の需要ではなく、食料を生産し、流通し、消費する人たちのニーズだということです。生産される食料の約15%は国境を超えて貿易されています。それは多くではありません」とドゥ・シュッテルは続ける。

「それでも、フードシステムのそのセグメントがその残りのほとんどを決めてしまうのです。多くの開発途上国で、自分たちの家族を養おうとしている小規模農民たちのためにではなく、農産品を輸出するために投資がなされているのを目にします。そして、農業研究や開発がどのように資金融資されているのかを見てください。誰のためでしょうか。輸出市場のためにです。大規模な生産者のためにです」

 ベルギー生まれのドゥ・シュッテルは自国のヨーロッパにも文句を呈する。「EUはそれ自身を養うために毎年6億1400万haもの土地を使っています… EUの需要を満たすために用いられているこの土地の50%は、連盟の外側、開発途上国にある土地なのです。食べ物は、ニーズのあるところには行きません。それは、マネーが今日あるところにいきます」

 ドゥ・シュッテルは、食料主権と気候変動とを関連づける。

「私たちが食料生産を脱集中化させなければならないのは、正に気候変動のためにです。あらゆる地域が自分たち自身のためにできる生産をするようにです。それがレジリアンスを構築するやり方なのです」(1)

食料主権先進国韓国

 韓国では、緑の革命以降の農業の工業化やグローバルなアグリフードシステムがもたらす課題を克服するため、エコロジー運動、安全な食べ物運動、身土不二(Shintoburi)による地産地消運動、伝統農業の再興と様々な組織が多様な目標を掲げて運動をしてきた(3p3)

 国内では健康な食べ物を生産し、威厳のある農村の生計を創造し、農業コミュニティを活性化させることで、エコロジー的に持続可能で、社会的に公正で、経済的にもレジリアンスがある食料主権運動を構築しようとしてきた。例えば、IFOAMが事務所を設置するほど有機農業ではアジアのリーダーとなっている。そう。韓国の小規模農民は食料主権やコミュニティ農業で先進的なのだ。ハイテクにだけ着目するのではなく、その食料主権運動にこそ着目すべきなのだ。工業化されエネルギー集約型で化学依存するグローバルなフードシステムが私たちの暮らしのすべてを支配している。それに対抗する頑強なオルタナティブを韓国は提示しているのである(4)。多くの困難にもかかわらず、消費者と農民とが地場農産物、学校給食といった通して参加型の大衆運動を展開できる可能性を韓国のオルタナティブなアグリフード運動は示しているのである。そして、消費者と農民グループとが協力し、オルタナティブなアグリフード運動を通じて従来の限界を克服するうえでは、韓国女性農民協会と韓国百姓連盟が、食料主権を目的として多くの活動を展開したことが鍵となった。とりわけ、女性農民協会の食料主権戦略がオルタナティブなアグリフード運動を模索するうえで重要な進展を示しているのである(2)

【用語】
カトリック農民運動(CFM=Catholic Farmers’ Movement)
韓国女性農民協会(KWPA=Korean Women Peasant Association)
韓国百姓同盟(KPL=Korean Peasant League)
ビア・カンペシーナ(La Via Campesina)
国際食料主権会議(The international food sovereignty conference)
米韓自由貿易協定(KORUS FTA=Korea-US Free Trade Agreement)
欧韓自由貿易協定(EU-South Korea FTA)
Public Law 480 (Agricultural Trade Development and Assistance Act)
カンクン闘争(Cancun Struggle)
香港抵抗(Hong Kong Resistance)
高麗大学(Korea University)
コンパス(Kompasu)
米国の食料主権同盟(U.S. Food Sovereignty Alliance)
世界食料賞(World Food Prize)
食料主権賞(Food Sovereignty Prize)
国連特別報告官(Special Rapporteur)

【人名】
Doo Bong Han教授の画像はこのサイトより
Kyung Min Kim教授
ロバート・フラレー(Robert Fraley)副社長
ジェオモク・バク(Jeomok Bak)
オリビア・ドゥ・シュッテル(Olivier De Schutter)

【引用文献】
(1) Becky Bergdahl, Groups Rewarded in Their Fight for Fair Food, Inter Press Service, Oct 11 2012.
(2) Byeong-Seon Yoon, Won-Kyu Song and Hae-jin Lee, The Struggle for Food Sovereignty in South Korea, monthlyreview, May 01, 2013.
(3) Hyo Jeong Kim, Women’s Indigenous Knowledge and Food Sovereignty: Experiences from KWPA’s Movement in South Korea
Conference paper for discussion at: Food Sovereignty: A Cri cal Dialogue Interna onal Conference September 14-15, 2013.
(4) Christine Ahn and Anders Riel Muller,South Korea: Ground Zero for Food Sovereignty and Community Resilience, November 14, 2013.
(5) Rhaydu,Korean Women’s Peasant Association: Saving and sharing native seeds, November 21, 2013.
(6) Taryn Assaf, Korean Peasants Sow the Seeds of Nation’s Food Sovereignty, Koreabridge,11/13/2014.
(7) Hyo Jeong Kim, Food sovereignty: taking root in women’s knowledge, 18 April 2017.


posted by José Mujica at 18:28| Comment(0) | 種子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください