2018年10月03日

日米交渉とTPP11は日本農業に何をもたらすのか

日米交渉は自動車のために農業を犠牲にすることだった

日本のマスコミの報道は真実とは違う~言葉の遊びでTAGは実質上FTA

2018100301S.jpg 安倍首相は9月26日にトランプ米大統領と会談し、新たな2国間の関税交渉である「日米物品貿易協定(TAG)」の協議に入ることで合意した(6,7)。日本政府は、今回の日米関税交渉合意は「TAG」(投資・サービスなどを含まない物品の関税交渉)であることを強調し「これまで日本が結んできた包括的なFTA交渉とは全く異なる」と語っている。けれども、これは国内向けの言葉遊びの欺瞞である(7,9)。黒を白と言うに等しい詭弁である(8)。日米共同声明では「物品の関税撤廃交渉とともに、サービスや投資分野などの自由化交渉も同時に開始する」としており、これは、紛れもなく「FTAそのもの」である(5,7)。曖昧な日本の報道とは違ってAP通信は、「日米FTA交渉入りに合意(US, Japan agree to negotiate a free trade agreement)」と報じている(5)

 この合意文書では「物品の関税交渉が決着したら、物品外の交渉に入る」と明記されている。投資やサービスは交渉から「除外」されたのではなく、交渉入りをずらしただけにすぎない。したがって、今回、日米首脳が合意した交渉入りは紛れもなく「FTA」なのであり、「この種の交渉を拒む」と言ってきた政府の公約違反なのである(7)

2018100304S.jpg 東京大学の鈴木宣弘教授は「米国から牛肉と豚肉の関税引き下げの要求を受けながら、日米FTAを拒否するためにどのような裏技を出してくるのかと思ったら、この屁理屈である。普通の神経なら恥ずかしくて言えないが、この国は、見え透いた嘘がどこまでもまかり通り、さらに麻痺してきているようで、末世の感に襲われる」と書いている(5)

日本農業を切り捨て自動車を大切にすることで両国の意向が合致

 朝日新聞は「焦点は農林水産品と自動車」との見出しで報じた。日経は「物品貿易協定の交渉入りで譲歩したが、自動車の追加関税は当面、回避に成功し防衛ラインをひとまず堅守した」とし、産経新聞は「"シンゾーとの友情"トランプ氏、車関税かけず。強硬策防いだ安倍晋三首相」と安倍首相の成果を報じている(6)。これだけ読めば、安倍総理とトランプ大統領との親密な関係によって、日本がトランプからひどいことがされることはなくなったと読める(8)。けれども、実質上は、米国側が「日本には交渉の誠意がない」との判断をすれば、交渉を中止して高関税をかけ、日本市場に米国農産物の市場開放を迫るという人質を取られている合意なのである(6)。すなわち、今回の日米関税交渉合意とは、自動車をカードに使って、日本の農業市場にさらなる開放を迫るトランプに安倍政権が早々に屈した売国交渉以外の何物でもない。トランプは、農業分野の関税引き下げ等について言うことを聞かなかったら交渉中でも報復関税を課すと公衆の面前で安倍首相に脅しをかけた。メンツをつぶされた格好の安倍首相は、へらへら苦笑いしただけだった(7)

 トランプは米国の農業者を大事にはしていない。巨額にのぼる米中貿易戦争で、中国は米国農産物の課税を強化した。その意味では米国農業者はトランプ政権の被害者である。この高まる不満を米国は対日輸出拡大で埋め合わせようとする(6)TPP12の破棄で一番怒ったのもコメ協会等の米国の農業団体である。「あれほどおいしい約束を日本にさせたのにそれができなった。どうしてくれる」と怒った(1,3)。けれども、米国の農業団体はしたたかである。TPPが不十分なのであれば、それ以上のものを二国間で要求すればいいと頭を切り替えた(3)TPPの墓をつくり「TPPは享年何歳、もう死んだ。そもそも、TPPが不十分だったんだ。二国間でもっと譲歩してもらおう」ということになった。したがって、こちらも、最終的にはTPP 12以上の影響へとつながる(1)

 一方、安倍政権も『経産省政権』である。各省のパワーバランスが完全に崩れ、1省が「全権掌握」している以上、自分たちが所管する自動車の追加関税は絶対に阻止したい(5)。そこで、自動車産業重視の日本政府もこれに応じた(6)。つまり、米国側が要求する自動車関税の引き上げを交わすため(7)日本国民の命を守るための食料が、格好の「生贄」にされ犠牲になる構図が明白なのである(5, 7)

TPP水準は守られたから大丈夫?

 政府は農業など物品の分野ではTPPの水準を守ったと主張しているが、これも国内向けのPRにすぎない。そもそも論からすればTPP水準ですら厳しい。例えば、牛肉の関税を今の38.5%から16年後に9%まで下げるというTPP並みの水準は激変だし、初年度に28.5%まで一気に引き下げるスケジュールになっている。また、合意停止のセーフガードも牛肉の場合は16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止(豚肉は12年目で廃止)となっている(7)

 さらに、TPP水準も対米交渉で米国を拘束するものではない(7)。米国はTPPが不十分だからこそ離脱して二国間交渉を求めた(5)。アメリカ第一主義を掲げ、TPPがひどい内容だと不満を募らせて政権発足早々にTPP合意から離脱したトランプ大統領にとっては、TPP合意を尊重する意思などあるはずがない(7)。「USTR(米国通商代表部)代表は就任の際に『日本にはTPP以上のことをやらせる』と議会で宣誓した。これが代表承認の条件になっている以上、米国は必ず実現させようとしてくる(5)。米韓FTAで韓国で起きたのと同じことが日本に起こることは避けられない(8)

自由貿易の本質とは人の命を犠牲にしても儲けること

人の命を犠牲にしてグローバル企業が儲けることがTPPの本質

 2017年1月23日。米国はTPPからの離脱宣言をした(1)。けれども、トランプはさらに有利な交渉を求めてTPPを離脱したわけではない。ことはそれほど単純ではない。

 例えば、グローバル企業が引き起こす健康・環境被害を規制しようとしても、逆に損害賠償を命じられる。これが悪名高きISDS(Investor-State Dispute Settlement)条項である。仮に、ある米国企業が日本で水銀を垂れ流す操業を始めたとしよう。日本は当然規制する。けれども、米国企業は、その規制で生じた損害を国際司法裁判所に訴えることができ、米国企業が勝てば損害賠償をさせられて、その規制も廃止される。こんなとんでもないことがISDSではできるのである。

 確かに、NAFTAでの訴訟状況を見ると、勝訴または和解(実質的勝訴)をしているのは米国企業だけであり、国際法廷の判決は米国企業側に有利だと言われてきた。このため、グローバル企業と結びつく米国政治家はISDSを強力に推進しようとしてきた(2)

 例えば、米国のハッチ共和党議員がTPPを進めたのは、製薬企業から2年で5億円の献金をもらったからである(3,4)。同議員は患者が死んでもいいから、ジェネリック医薬品をつくれないように新薬のデータ保護期間を20年に延ばしてくれと主張した。これがある意味TPPの本質である(3)。今も、企業と癒着した米国の多くの政治家は、今もTPP型のルールをやりたくてしようがない(4)

 米国のグローバル企業、製薬会社が人の命を縮めても自分たちが儲けられるルールをアジア太平洋地域に広めることがTPPの本質である。つまり、グローバル企業による世界の私物化が起きている。これは、日本のグローバル企業にとっても同じである。つまり、グローバル企業の経営陣にとってのメリットは日米ともにある(4)

ISDSに反対してきたオーストラリアと欧州

 ISDSは、米国とそれに盲目的に追従する日本の2カ国がTPPにおいて強く推進してきた。けれども、他国は反対だった(2,3)。例えば、ISDSに最も強硬に反対していたのは、タバコを吸いすぎないようにパッケージで工夫をしたら、フィリップモリスから損害賠償訴訟を起こされたオーストラリアである。日豪EPAにおいて、日本はオーストラリアの反対によってISDSを協定に盛り込むのを断念した(2)

 EUも「こんなものは死んだものだ」とISDSに反対し(2,3)、常設の裁判所で高度な資格を持つ判事によって二審制で審理するという、裁判の方式の改善を提案した。日本はこれに反対しTPP型のISDSに固執したのだが、日欧EPAからISDSは切り離されてしまった(2)

米国民の批判を受けてトランプはNAFTAでISDSを破棄

 それは米国も変わらない。「儲かるのはグローバル企業の経営陣のみで国民の暮らしは苦しくなる。賃金は下がり失業は増える」「国家主権の侵害だ」「食の安全が脅かされる」(1,2,3)。

 米国民のTPP反対の声は大統領選前の世論調査で78%に達していた。この世論の大きなうねりを受けて、トランプにかぎらず大統領候補全員がTPPを否定せざるを得なくなった。米国がTPPを破棄した背景にはこれがある(1,2)

 すなわち、トランプ氏が単に前政権のやったことを否定したかっただけという解釈は的外れである(1)。「保護主義に走っただけだから、保護主義と闘わなくてはならない」という日本での理屈も間違っている(1,3)。何故ならば、米国民がいう「国家主権の侵害」とは、ISDS条項のことだったからである。

 NAFTAの再交渉では、以前からISDSへの反対の声が強かった米国労働総同盟産別会議(AFL・CIO)や環境保護団体シエラクラブなどの市民グループに加え、2017年9月には中小企業の社長100人が連名でISDS条項削除を求める手紙を出し、最高裁首席判事のジョン・ロバーツ氏も同条項に懸念を表明した。

 さらに、米国内では、「連邦裁判所」でなく「国際法廷」が裁くのは「国家主権の侵害」だとの声も高まった。そこで、NAFTAの再交渉では、「震源地」の米国そのものがISDSを否定する事態となった。ISDSを推進したいグローバル企業と結びついた政治家の声を抑えて、トランプ政権はISDSを否定する方向へと舵を切り、「選択制」を提案した。これは、訴訟が起きたときに、国際法廷に委ねるISDSを使うか、国内法廷で裁くかは、各国が選択できるというもので、米国は国内法廷で裁く(ISDSは使わない)と提案したのだ。カナダやメキシコはISDSの削除そのものを求めていたため、ISDSを使わない選択をすることは明白である(2)

 そして、米国もISDSの選択制をとったことによって、実質的にISDSは否定されとどめを刺された(2)。米国民によるTPPの否定は「グローバル企業のための世界の私物化」という「自由貿易」への深い反省の時代に入ったことを意味する(1)

世界が自由貿易の弊害にノーを言う中でグローバル企業に忠誠を尽くす日本

 そして、このことは、米国に追従してひたすら「ISDSはバラ色」と言い続けてきた日本だけが「はしごを外され」、孤立してしまったことを意味する。日本はいまだに米国への「忖度」によって中途半端な凍結をTPP 11で行っている(2)。この期に及んで、日本だけが宙に浮いて、「死に体」のISDSにいつまでも固執する異常な状況になっている(2,3)

 米国においては、いまシカゴ学派の経済学が急速に影響力を失いつつある。米国でシカゴ学派の経済学に洗脳されて帰ってきた日本の信奉者たちは、実は「遺物」にしがみついていることに気づいていない(1)

「なぜ米国市民にTPPが否定されたのか」について冷静に本質的な議論がされていない(1,3)。これをせずに、日米のグローバル企業のために「TPPゾンビ」の増殖に邁進している日本政府の異常さを国民も気づくべきである(1)

自給率の低下と酪農の瓦解

TPP 12以上に増幅されるTPP11の日本農林水産業への打撃

 こうした理由で米国は抜けたのだが、米国抜きでTPP 11を進めることは、TPP 12のとき以上に米国からの対日要求に応えることになるために、最終的にはTPP 12以上の影響が国内農業に対してもたらされてしまうことを確認しておこう(1,3)

 ひとつの理由は、TPP 11では早く成果を出すために米国を含めて農林水産業について「これだけ譲る」と譲歩した内容を米国がいなくなったのに、そのまま残りの国に提供するとしたからである(1,3)。例えば、米国を含めた数量、乳製品の輸入枠7万トンは、オーストラリア、ニュージーランド、カナダが使えることになった(1)。米国の分まで乳製品が輸出できると喜んだのは、ニュージーランド、カナダである(3)。すなわち、世界最強のオセアニアから世界で最も安い乳製品が入ってきて酪農の打撃が増す(1,3)

 こんなことをすれば、米国が黙っているわけない。「俺の分はどうしてくれるんだ」とそれ以上のものを求めてくる。つまり、間違いなくTPP 12以上の打撃に広がるのである。けれども、実は日本側はそれを受けることをわかっていて準備を進めている(1,3)。米国側の要求に応えるためのリストもすべてできている。例えば、TPP枠では米国に7万トンの米の枠を作ったが(3)、日本はSBS米という部分では1万トンしか米国米を買っていなかったのを6万トンにまで増やしている(3,4)

日欧EPAの農業合意の結果、国産牛乳は消滅のリスク

 TPPでは日本は米国から「ゴーダ、チェダー等のハード系チーズの関税を撤廃せよ」と要求されてこれを飲んだ。そして、カマンベール等のソフト系は守ったと言ってきた。しかし、EUとの協定もTPPレベル以上でやることとなり、EUから「カマンベールの関税を撤廃せよ」と言われためそれも飲み、ソフト系も無税枠を広げていく形で実質関税撤廃した。つまり、チーズは全面的関税撤廃となった(1,3)

 チーズが安くなって消費者にはメリットがあると言われるが、このままでは近い将来に、バター不足では済まなくなり、国産の飲用乳が店頭から消える事態もありえる(1,3)。国産牛乳をチーズ向けに50万トン使っていたのができなくなり、行き場を失った北海道の牛乳が都府県へと流れ、乳価が下がり酪農家の所得が減るからである(1)

 この影響について政府は「影響がないように対策するから影響がない」と言っているが、例えば、TPP 11では、加工原料乳が最大キロ8円下がると試算されている。それでも、チーズ向けの奨励金を増やしたり、畜産クラスター事業をやることで、生産量も所得も影響ないとしている(1,3)

 また、今回の自由化では酪農、畜産への影響が大きいが、これは米と無関係ではない。米は消費の減り方が大きいため、餌米を残さなければならないが、このまま酪農、畜産が減っていけば、餌米も打撃を受ける。その整合性についても考えられていない(3)

 要するに、貿易自由化を進めれば、さらに自給率も下がる。今の自給率目標は45%だが、実際には38%まで下がっている。例えば、鈴木宣弘教授がTPP 12を独自に影響試算したところ、政府試算とは異なり7倍の1兆6000億円の被害が出る結果となったという(4)

危ぶまれる食の安全性

米国からのBSEの規制緩和

 さらに、危ぶまれるのは、食の安全性である。日本の食は今後確実にTPP11と日米TAG(実質FTA)のダブルパンチによって危機にさらされる(9)。

 既に米国からは緩和を求めるリストが出されている。現在、生後30カ月超となっている牛のBSE検査が撤廃され、ポストハーベスト農薬(防カビ剤)の食品添加物としての表記が撤廃される。日米協議において日本に残された唯一の戦略は、『どれから差し出すか』という順番だけでしかない(5)

まず、BSEから見てみよう。狂牛病の輸入条件は、20カ月齢から30カ月齢までTPPの事前の入場料で緩めさせられた。そして、次に米国側が「BSEの清浄国であるからしてこれを完全になくしてくれ」と言ってくることを見越して、日本側の食品安全委員会は、既に2年前から言われたら今日にでも止められるように、完全に準備してスタンバイしている。食の安全性は影響を受けないとして、準備万端整えて、米国の要求にいかに応えていくかのタイミングを計っている(4)

ポストハーベスト農薬(防カビ剤)の食品添加物の表記撤廃

 現在の検疫基準でも日本ではあり得ないほど危険な化学薬品が大量に検出されているが、その検査率7%でしかなく、素通りして、誰もが食べている(3,4)。輸入農産物には、成長ホルモン、成長促進剤、除草剤、遺伝子組み換え、防カビ剤のイマザリル等のリスクが多いのだが(3)、これに対して、とりわけ、米国から「日本の検疫の基準は非常に厳し過ぎる、それを緩めよ」という要求を出され、それに順番に応えていくのが現在の日本の戦略になっている。食の安全基準は、貿易協定、二国間交渉を進めることで必ず緩められる構造になっている(4)

遺伝子組み換え農産物の推進

 さらに、二国間共同声明に記載された「TAG交渉終了後にサービス、貿易、投資に関する交渉を始める」(3項及び4項)の部分も危険である。TPP 11では、これまでの自由貿易協定には存在しなかった「遺伝子組み換え承認促進」という初条項がある。

 交渉が関税以外のサービスや非関税障壁を含む段階に進めば、米国製薬業界やバイオ業界が繰り返し要求を出している「薬価」や「遺伝子組み換え作物」「ゲノム編集」や「農薬」などの分野がテーブルに乗って来る。これまでも日本政府は、米国側の要求に沿って、種子法廃止や、企業への種子データの提供、自家採種原則禁止、生乳流通自由化等、日本の農業を追い詰めるための法改正をセットで進めてきたのである(9)

姑息な手段ではなく原則論から国家主権を守れ

 国際法上、MFN(最恵国待遇)原則に反する特定国間での関税の引き下げはFTAを結ばないかぎり不可能である(5)。GATTのルールでは、TPPやEPA、FTA等、自由貿易圏以外での個別関税引き下げは認められてはいない。関税は当然全品目が対象となる(9)。自動車関税の引き上げを差別的に日本には適用しないという適用は、明確な国際法(WTO)違反である(1)。こうした姑息なお願いをするのでなく、フランスのように真っ向から国際法違反だからやめるよう主張すべきである。自分だけが逃れられるように懇願するために、国民の命を守る食と農を差し出す約束をしてしまったツケは計り知れない(5)

編集後記

2018100302S.jpg NAGANO農と食の会のメンバーの質は高い。今回の日米交渉を受けて、FTAに関する堤未果氏の論考や鈴木宣弘東大教授の論考を読むようにとのメッセージがあった。鈴木教授の著作は何冊も読んできたし、このリンク先も「日本のタネを守る会」で紹介されていたので知ってはいたが、きちんと読んでいなかった。

 けれども、「遺伝子組み換え作物」「ゲノム編集」がどのように影響してくるのかはタネの問題と深く関係する問題である。自分なりに整理して見て、その危険性がますますわかってきた。けれども、ISDSを自ら捨てる等、米国側も完全に気が狂っているわけではないことがわかる。これはゼン・ハニーカットさんら米国市民の「民度」の高さと抵抗がもたらした成果であろう。逆に、いえば、日本は経済産業省に牛耳られることによって、やる必要がないことまで自らやっていることがよくわかる。

 私は遺伝子組み換えではない「よつ葉牛乳」を買っているのだが、カナダやスイスの例を鑑みれば、リットル300円もしないのが安いぐらいだと思えてくる。せめて、卵と牛乳ぐらいでは真っ当な飼料で育てたものを高くても買いたい。

(2018年10月3日投稿)

【画像】
安倍首領とトランプ大統領の画像はこのサイトより
鈴木宣弘教授の画像はこのサイトより
よつ葉牛乳の画像はこのサイトより
【引用文献】
(1) 2018年1月25日:鈴木宣弘『TPP11主席交渉官会合を受けて』コラム:食料・農業問題 本質と裏側, 農業協同組合新聞
(2) 2018年3月8日:鈴木宣弘『ついに米国もISDS否定~世界に取り残された、哀れな日本』コラム:食料・農業問題 本質と裏側, 農業協同組合新聞
(3) 2018年5月31日:鈴木宣弘『TPP 11はTPP 12より悪い』コラム:食料・農業問題 本質と裏側, 農業協同組合新聞
(4) 2018年6月7日:鈴木宣弘『TPP 11はTPP 12より悪い(質疑)』コラム:食料・農業問題 本質と裏側, 農業協同組合新聞
(5) 2018年9月28日:鈴木宣弘『TAGは「実質FTA」でなく「FTAそのもの」』緊急企画:許すな!日本農業を売り渡す屈辱交渉,農業協同組合新聞
(6) 2018年9月28日:孫崎享『日本を標的にするトランプ大統領』緊急企画:許すな!日本農業を売り渡す屈辱交渉,農業協同組合新聞
(7) 2018年9月28日:醍醐聰『自動車の盾として農業を売り渡す屈辱交渉は許されない』緊急企画:許すな!日本農業を売り渡す屈辱交渉,農業協同組合新聞
(8) 2018年10月1日:森田実『日本農業をトランプに蹂躙させてはならぬ』緊急企画:許すな!日本農業を売り渡す屈辱交渉,農業協同組合新聞
(9) 2018年10月1日:堤未果『TPP 11と日米TAGダブルパンチで脅かされる食の安全』緊急企画:許すな!日本農業を売り渡す屈辱交渉,農業協同組合新聞


posted by José Mujica at 21:33| Comment(0) | TPP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

TPP先進国:ボリビアの水攻め

市町村の公共事業に外国企業が参入する時代

 これまでは、市町村の公共事業は地元の中小の土建会社が請け負い、それが町全体の経済を潤してきた(2p181)。けれども、TPP協定によってこれは変わる。

 すでに2011年のTPPの交渉段階で、中央政府と地方自治体が公共事業を発注するにあたって、①物品、②サービス(これには水道事業が入る)、③建設サービスと、いわゆる公共事業の3分野にわけて基準額を決めて、それ以上のものについては、英語と自国語において電子入札することとされている(2p61)

 民主党の山岡達丸(1979年〜)前衆議院議員が、かなりしつこく政府に迫ってペーパ化しているが、WTOにおいては都道府県、市町村は29億円以上の工事の発注については国際入札がなされることになっていた(2p61)。けれども、今回TPPでは公共工事は設計と本体工事とが分離され(2p61)、設計については、地方の公共事業も700万円以上の設計段階で各地自体は英語と自国語とで電子競争入札をしなければならなくなっている(2p61,2p181)

 もし、そうなれば、米国の大手建設業者、ベクテル等が設計の段階から安く受注して、ベトナムや中国、マレーシアからの低廉な労働者を「商用ビジネス」のビザで連れてきて工事を進めることも予想される(2p61,2p181)。ベトナム人の賃金は日本の36分の1と言われている(4p229)。地方の中小の土建業者はひとたまりもなく倒産していくことになるだろう(2p181)。また、日本が古くから継承してきた伝統的な大工の技、左官屋の匠といった技が次第に消えて行き、安くて早いだけの画一的なプレハブ建築様式になっていくであろう(4p231)

FTAで水道事業を民営化したオーストラリア

 2004 年2月に合意が成立し、翌 2005 年1月に発効した米豪FTA問題となったものに水道事業がある(2p182,4p239)。どの国でも水道事業は、住民の健康、ときによっては命に関わるものであるため、自治体が自ら公共事業として実施してきた。けれども、オーストラリアは米国とのFTA交渉で水道事業の民営化を求められた(1p182)。オーストラリア政府は頑として民間委託に最後まで反対したが、平行線で決着がつかないまま調印してしまったのである。翌年、米国の企業がさっそく水道事業への参入を求めてきた(2p182,4p239)。当然のことながらオーストラリア政府は断ったもののISD条項で訴えると脅され、米国の要求に応ぜざるを得なかったのである(2p183,4p239)

水道を民営化したボリビアのコチャバンバ市

財政難を理由に公共水道を民営化

 1999年、財政困難に落ち入っていたボリビア政府に対して世界銀行は、ボリビアで3番目に大きな都市、コチャバンバ市の公営水道会社「SEMAPA」を民営化させる計画を押し付ける。民営化をすれば適切な料金での水道配管の敷設や給水が可能となるうえ、600万ドル(当時の日本円で7億円)の多国間債務も免除するとの好条件が提示される(1,5)

 インフラ整備がままならず、借金に喘ぐボリビア政府にとっては願ってもない話である。「飲料水及び衛生法」が制定され、市の公営水道事業は民営化される。そして、ノウハウを持つ米国最大の建設会社ベクテル社の子会社アグアス・デル・ツナリ社が運営を引き受ける(1,5)。ベクテル社とは年間売り上げ5兆円で、日本でも東京の湾岸道路、関西国際空港の旅客ターミナル、中部国際空港ビル等の多くを手がけている世界最大の建設会社である(4p238)。アグアス・デル・ツナリ社も事実上ベクテル社なので、以下、べクテル社と書こう。

水道代を月給の3割に値上げし、利潤のあがらない遠隔地は給水カット

 コチャバンバ市は上下水道を40年間、ベクテル社に安値で請け負わせる(2p193,3)。ところが、上下水道事業を引き取った同社がやったことは驚くべきことだった(3)。収益があがらない遠隔市街地へのサービスのカットをし始め(3)、インフラ整備が十分ではないためにもともと高かった水道料金をわずか1週間でが以前の2倍以上に値上げしたのである(1, 2p183,4p238,5)。最低月額給料が100ドルに満たない町において水道代が20ドルにもなったのだ。ボリビアでは20ドルは5人家族が二週間食べていく食費に相当する。当然のことながら水道代を支払えないどころか、食事さえ満足にできない家庭が続出した(1,5)。月収の3割を水道代にあてなければならないのだ。市民にとってはたまったものではない(2p183,4p238)。そして、ベクレル社は支払い不能者には容赦なく給水を停止した(1,5)

 水問題解決のためにコミ二ティーや協同組合が掘った井戸までもべクテル社は自分たちの管理下に置いて、その井戸代の料金すらもひきあげた(1,5)。市民たちは雨水をためて使うようになる。街中にバケツや受け皿が並んだ。困ったベクテル社はボリビア政府に働きかけ、雨水を使ってはならないとの法律を作らせることにした。もし、法律を作らなければISD条項で政府を訴えると脅したのである(2p183)。さらに、雨水に関しても契約上、我が社に権利があるとして、雨水にまで料金を徴収しようとした(4p238)。水はいわずと知れた生命の源である。生命を維持していくうえでなくてはならない。汚染されていたり腐敗された水を飲むとコレラや腸チフス、サルモネラ中毒等で死んでしまう。水道料金を支払えない貧困層の人たちはバタバタと倒れ死に至り、尊い命が次々に奪われていく(1)。すなわち、ボリビアでは、べクテル社による大量殺人が合法的に平然と行われたのである(5)

「水は神からの贈り物、商品ではない」市民の反撃

Oscar-Olivera_LRZIMA20150102_0097_11.jpg さすがにここまですると、住民たちも黙っていない(2p183)。水道事業が民営化された翌2000年1月、「水と生活を防衛する市民連合」が結成され、大衆の運動によりコチャバンバ市は4日間機能停止に追い込まれる。翌2月には、市民たちは 「水は神からの贈り物であり商品ではない」というスロガーンを掲げ平和的デモを行う(1,5)。市の広場で平和裡に抗議集会を始めたのが労働組合指導者オスカル・オリベラ(Oscar Olivera,1955年~)である(3)。それに賛同した何百万人もの国民がコチャバンバ市を行進した(1,5)。けれども、ベクテル社の要請を受けた警察機動隊が集会者に襲いかかり、200人ほどが負傷し、2名が催涙ガスで盲目になくなる。この騒ぎをきっかけに抗議デモの規模は爆発的に大きくなりコチャバンバだけではなくボリビア全体に広がった(3)。ゼネストも行われる。ボリビア政府は水道料金の値下げを約束した(1,5)

 けれども、ボリビア政府は水道料金の値下げの約束を守らなかった。4月にIMFと世界銀行、米州開発銀行から圧力をかけられ政府は戒厳令を布き、抗議の沈静化を図る(1,5)。ボリビア政府はベクトル社との契約を守るために軍隊を出動させた。けれども、騒ぎは収まるどころか全土に広がった(4p238)

social10_03.jpg 政府による沈静化で4月に入って17歳の少年が国軍将校によって射殺され(3)、抗議する市民や活動家たちを逮捕し9名を殺害。約100名がひどい怪我を負わされた他、数十名が逮捕され、メディア規制がしかれるという、信じられない弾圧が行われた(1,5)。政府に暴力を持って市民を制圧するように「アドバイス」したのは世界銀行とIMFである(5)。紛争はますます激しさを増し、2001年8月にはウゴ・バンセル・スアレス(Hugo Banzer Suárez, 1926〜2002年)大統領は病気を理由に辞職し、その後、政府は水道事業の民営化を規定した法律の破棄を余儀なくされた(3)

 バンセル政権は転覆し、市民は勝利を手に入れた。けれども、後に残されたのは膨大な借金と賠償金である。水道民営化の契約が破棄され、水道事業が公共事業SEMAPAの手に戻ったのはいいが、開発費の借金と水道配管設備の工事代金等、膨大な借金が市民に負わされた(1,5)。市の公共水道事業SEMAPAは弱体化し、資金繰りに苦しみ、水の供給は週に5日しか無く、さらに水質も問題視されるほどクオリティーは落ち水道管の破損により供給する水の半分が損失しその破損を修理する資金も不足した(1)

撤退しても契約破棄代はいただきます

 ここまでしてやっとベクテル社は撤退した(2p183)。けれども、ベクテル社はただでは引き下がらない。契約違反だとして多額の賠償金の支払いを貧しい小国ボリビアに求めた(3)。ボリビア政府は契約破棄料の2500万ドル(約25億円)の賠償金まで要求されたのである(1,5)。しかも、ボリビアの水道事業は日本等の援助もあって既に施設ができていたため、それを押収したベクテル社がかけた費用はわずか100万ドルに過ぎなかった(4p239)

evo-fidel-thumbnail2.jpg このコチャバンバ市での水闘争が2005年の大統領選挙において、反米、反世界銀行、反民営化、反グローバリゼーションの先鋒である先住民出身のエボ・モラレス(Evo Morales Aima, 1959年〜)大統領の当選につながっているともいえよう。何より、モラレス大統領はコチャバンバ地方を拠点とする農民運動の指導者だったのである(3)

べクテル社の新たな魔の手はどの国をターゲットとしているのか

 それはさておき、水道事業の民営化についてのベクテル社の魔手はフィリッピンやインドやアフリカ諸国にも及んでいる。ローカルな反対運動は各地で起きているが、いままでのところ成功したのはコチャバンバ市だけのようだという(3)。けれども、2025年までに水は110兆円の巨大市場になるともいわれている(4p198)。そして、TPP交渉の主役は600社のグローバル企業である(4p238)。彼らがそれを狙わないわけがない。

 2013年4月19日、当時の麻生副総理は、ワシントンにある超党派のシンクタンク、米国戦略国際問題研究所(CSIS= Center for Strategic and International Studies)で「日本の水道事業はすべて民営化します」と講演している。日本ではIWJと週刊東洋経済が取り上げただけで、テレビ、新聞も一切報道しなかった(4p237)

 おそらく、日本がTPP交渉への参加のために条件として水道事業の民営化に応じたため、麻生副総理がこうした発言をしたのではないか(4p237)。そして、その裏には、米国のベクテル社と日本の竹中平蔵氏の動きがあったのではないか。そう山田正彦元農水大臣は書く(4p238)。これが憶測であって事実ではないことを願いたい。けれども、このサイトを見るとこんな情報が得られるのである。

 東京都が下水道施設の運営権の民間事業者への売却を検討していることが、昨年末12月26日に「都政改革本部(本部長・小池百合子知事)」の会議で検討課題として報告された。  すでに日本の様々な自治体では水道サービスの一部分の民間委託が進んでいる。外資系の企業も当然存在する。けれども、今回の法改正の問題は、経営権をも民間に渡す、いわゆるコンセッション契約がより促進されることにある。もちろん、地方自治体、とりわけ、過疎地では人口減もあり予算も少なく公共サービスとしての水道事業の維持自体が困難になっているのは現実である。けれども、東京は違う。東京都の水道は質も高く料金も安い。すなわち、赤字ではない。逆に言えば企業にしてみれば旨味も大きい。「人口減を見越して」という理由も十分な説得力がない。今回は下水道らしいが、これは上水道にも及ぶ可能性もある。事実、すでに昨年の国会で「水道サービスの民間委託」、とりわけ、経営権を渡すコンセッション契約の道をすすめる水道法改正が審議されかけた。今国会では必ず出てくる。

編集後記

 水道料金が以前の2倍以上に跳ねあがり、細菌の入った不衛生な水で病気になる。このボリビアの水道事業を丸抱えで請け負ったのがまたしても米国企業。べクテル社である(5)。拙ブログをここまでお読みになった方は、こうした会社はどうみても外道だし、そうした外道への日本の水道の売り渡しを目論んでいるとしたら、そうした政治家も官僚も外道なのではないかと思われるのではありますまいか。

 このブログの「山田正彦さんの講演録」では、山田正彦元農水大臣は、日本のホセ・ムヒカ(José Mujica, 1935年~)なのではないか、と褒めちぎってみた。けれども、『老子』の「大道廃れて仁義あり」や『史記』の「国乱れて忠臣見わる」は決して望ましい話ではない。コチャバンバ市民たちの「水は神からの贈り物であり商品ではない」のスローガンのように、この水に恵まれた列島ではもともとタダであった水がマネービジネスの道具にされなければ、商品化されなければ、私がこんなブログを立ち上げる必要もないし、署名運動をする必要もない。ホセ・ムヒカやエボ・モラレス、はたまたモラレス大統領が信奉するフィデル・カストロ氏の如き革命家や政治家は必要ないのである。世が泰平であれば猫を抱えてのんびりと縁側で日向ぼっこができるはずなのに、誠に嫌な渡世である。
(2018年1月9日投稿)
【画像】
オスカル・オリビエラ(Oscar Olivera, 1955年~)氏の画像はこのサイトより
水騒動の画像は文献(3)より
エボ・モラレス大統領の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) 2009年3月12日「ボリビア水戦争 ~水と公共事業は誰の物か~」Social
(2) 山田正彦『TPP秘密交渉の正体』(2013)竹書房新書
(3) 2014年8月6日:藤永茂「良く生きる」(VIVIR BIEN)(序)2000年2月に起きた「ボリビアのコチャバンバの水騒動」。
(4) 山田正彦『アメリカも批准できないTPP協定の内容はこうだった!』(2016)サイゾー
(5) 2016年4月28日「貧乏人は水を飲むな。「水道民営化」を推進するIMF、次のターゲットは日本」カレイドスコープ
posted by José Mujica at 07:00| Comment(0) | TPP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

TPP先進国:韓国を見よ

韓国を見よ

宋基昊.jpg TPPは自民党政権のときに米国からの要求によって内閣府で検討されていた。その後、鳩山由紀夫政権は、米国からの「年次要求」を断った(2p49)。けれども、2010年10月に菅直人首相がTPP参加を突然に言い出す(1p206,2p49)。仙石由人官房長官は「日本はガラパゴスになってしまった。第三の開国だ。開国なくして座して死を待つつもりか。韓国を見ろ。バスに乗り遅れるな」と吼えまくった(2p49)。

 なお、山田正彦元農水大臣が、韓国の宋基昊(ソン・キホ)弁護士から聞いたところによると、韓国においても米韓FTA協定を締結する際にも「第三の開国だ」という論調であったという。これほど左様に米国の外交はワンパターンなのである(2p50)

 メディアも「バスに乗り遅れるな」「韓国に遅れを取った」と報道した(1p206,2p49)。TPPは農業の関税は24分野の中の一部にすぎないにもかかわらず、いっせいにこれを「農業と経済」の問題として報道した(1p206)

Wendy-Cutler.jpg 山田正彦元大臣は、米国側の考え方を把握するため、2012年1月に訪米し、ワシントンDCでTPPを取り仕切っている米国通商代表部(USTR=Office of the United States Trade Representative)を訪れ、ウェンディ・カトラー(Wendy Cutler)代表補に打診した。

 その答えはシンプルだった。

 「米韓FTAの内容、それ以上のものを求めます」(1p84,2p50)

 国務省のキャンベル事務次官補の筆頭代理ズムライト東アジア太平洋局(Bureau of East Asian and Pacific Affairs)日本部長にもあったが、氏からも判で押したように同じ答えが返ってきた(1p84,2p50)。そこで、山田正彦元大臣は、帰国後に韓国がどうなったのかを調べてみた(1p85)

国内の反対運動となぜか偶然で一致した北朝鮮からの脅威

金泳鎮.jpg 韓国においては、前述の宋基昊弁護士が、国会の前でFTAは危ないと書いたプラカードを掲げて独り立ちすることからFTA反対運動を始めていた(1p99)。また、山田正彦元大臣が2011年に訪韓したときにも、民主党の金 泳鎮(キム・ヨンジン, 1947年〜)議員、前農林部長官(元農林大臣)と余談したが、FTAに危機感を募らせていた(1p99)。韓国の農民は必死に抵抗した。女性農民、オ・チョンオク(41歳)は抗議の焼身自殺を遂げた。また、警官隊の激しい鎮圧で2人の農民が殺された(1p86)

 北朝鮮s.jpgだが、奇妙なことがある。反対運動が広がると、北朝鮮の核開発とミサイル試射が大きく報道されるようになった。さらに、2010年11月には延坪島(ヨンビョンド)の砲撃事件も起きた。韓国にとって安全保障の問題を考えれば、米国の軍事力に頼らざるを得ない。そうした雰囲気が国民の中に形成されていく(1p86)

 山田正彦元大臣は、これは米韓FTAを認めさせるため、米国が北朝鮮にしかけた高度な外交戦略ではなかったかと憶測している(1p86)

農業問題としてメディアで宣伝されたFTA

李明博s.jpg 韓国では、当時の李明博(イ・ミョンバク,1941年〜)大統領がこう訴えて米韓FTAの締結を求めた。

「韓国は貿易立国であり、自動車や電気製品の輸出振興こそが繁栄につながる。高齢化が進み小規模な農業は国際競争力がない。韓国にとっては安い農産物が輸入されれば国民の暮らしはむしろ楽になる」

 大統領は、五大財閥のひとつ、現代(ヒュンダイ)自動車グループ系列の現代建設の会長であったキャリアの持ち主である。確かに、日本では内需だけで89%もあるのに対して、韓国経済は輸出、外需に43%を依存している(1p85)。2010年12月、オバマ大統領と李大統領との間で署名がなされ、2011年6月に米韓FTAの批准同意案が国会に提出された(1p88)

 韓国メディアは米韓FTAを「農業と経済」の問題としてとりあげ、遺伝子組換え農産物の非関税障壁、ISD条項についてはほとんど報道されなかった(1p85)。けれども、結果からすると、これはまさに不平等条約そのもので、国民もその後、内容を知って驚愕したのである(1p88)

強い農業づくりを推進したはずだったが

 韓国では自由化に備え、「輸出できる強い農業づくり」を進め、畜産農家に補助金や融資を行ない、大規模化を進めてきた。けれども、関税が引き下げられると出荷する毎に豚一頭当たり1万円の赤字がでた。そして、FTAが発効して1年も経たないのに養豚業者の7割が廃業に追い込まれた(1p91)。牛も2016年から関税がゼロになる。すでに畜産業も7割が廃業を決意していた(1p91)。2009年時の韓国の食料自給率は51.7%しかない(1p93)。それが、2013年にはさらに41%に低下する(2p50)。現在では、焼肉もすべて米国産の牛肉で、野菜の8割は中国産で米だけが韓国産という状況になっている(1p63)

認めたものは二度と下に戻せないラチェット条項

 韓国は米国産牛肉の輸入条件を緩和した(1p85,1p87)。韓国は日本以上にBSE問題には敏感である。2012年に米国では新たにBSEに感染した牛が見つかった。したがって、米国からの牛肉輸入を止められるはずである。けれども、一度決めたルール・基準は元に戻せないラチェット条項も韓国は飲まされていた。通常の外交交渉ではありえない基準である。このため、米国でBSEが大発生しても輸入を禁止できないのである(1p89)

学校給食での地場農産物流通ができなくなる

 米韓FTAで米国の食品会社が狙っていたのは学校給食であった(1p197)。例えば、米国の政府関係者は「カーギルは韓国の学校給食を市場として期待している」と述べているからである(2p142)

 朴元淳s.jpgそこで、山田元大臣は気になって、弁護士でもある朴元淳(パク・ウオンスン,1956年〜)ソウル市長にインタビューしてみると返ってきたのは次のような答えだった(1p96,2p142)

「ソウル市だけで132本の条例を変えなければならなくなった(1p96,2p142)。学校給食の地産地消もできなくなった(2p142)。路地裏商店街を条例で大店法から守ってきたが、それも、ついにできなくなった(1p96)

 すでにソウル市等のいくつかの市では地産地消の学校給食を条例で制度化することが政府の指導によって禁じられている。国内の生産者とカーギル等の米国企業を学校給食で差別すると、米韓FTAでは公平貿易の原則に反するものとしてISD条項で訴えられてしまうからである(2p142)

遺伝子組換え農産物を無条件で受け入れ表示もできなくなる

 米国で科学的安全性が認められた遺伝子組換え食品は無条件で受け入れた(1p87)。マレーシアで開催された2013年7月の第18回TPP交渉の会合では、米国は食品表示について、遺伝子組換え食品については表示の義務付けをしてはならない。また、食品の安全基準についてはコーデックス基準(国際食品委員会によって定められた国際的な食品基準)を参考にTPP交渉参加国はすべて統一するという提案を行なった(1p102)。一見するともっともらしく思える。けれども、コーデックス委員会そのものが問題である(1p108)。コーデックス委員会に代表を出すことが許されている団体の半数以上は多国籍企業であり、消費者側の代表ポストはひとつしかない。コーデックス基準では、家畜への成長ホルモンや抗生物質の投与、放射線照射を推奨していることからも、これが消費者保護のためのものではなく、取引指針のための組織であることがわかる(1p109)。米国が2011年に成立させた食品安全近代化法(FSMA= Food Safety Modernization Act)では、米国が食品を輸出する相手国の食品安全計画のルールを米国側が決める権限を与えている(1p108)。米国食品医薬品局(FDA= Food and Drug Administration)が米国及び貿易相手国の食品産業をコーデックスに調和させると定めている。すなわち、コーデックス基準そのものが米国の基準なのである(1p109)

 簡単に言えば、各国の表示があると米国産のものが売れないから廃止しろ、と要求してきたのである(1p106)

Gilles-Éric-éralini.jpg 米国食品医薬品局(FDA)では、遺伝子組換え食品の警告を発した学者はことごとく研究職を解かれる等の迫害を受けてきた(1p103)。遺伝子組換え農産物については、2012年にフランスのカーン大学のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini,1960年〜)教授がラット200匹にモンサント製の遺伝子組換えトウモロコシ「NK603 」系統を2年間と長期間にわたって食べさせるとガンになることを証明した(1p102,2p122)。モンサント側はマウスを使って70日間の実験を行い安全であると発表してきた。確かに、70日では異常はなくデータとしては間違えではない。けれどもマウスの70日は人間では10年にしか相当せず、これは10年は食べても大丈夫だというデータにすぎない(2p124)。このため、EUは遺伝子組換え作物の作付けを認めていないし、輸入もさせていない。家畜の餌としての輸入は認めているが、それでも0.5%以上混入されているものには表示義務を求めている(1p103)

 けれども、韓国の子どもたちは、学校給食で遺伝子組換え食品、成長ホルモン漬け、ポストハーベストの残留農薬ものを食べなければならないのである(1p197)
米国系のスーパーだけが有利となる

 2013年4月にはサムソンカードが米国系の大型ディスカウント店の「コトスコ」だけが手数料が0.7%と安く設定されて、中小の自営店からは高い手数料をもらっていることに対して不満が噴出した。けれども、サムソンカードがそうしなければISD条項で訴えられると政府は説明している(1p100)

国民皆保険が適用されない医療の株式会社化

 韓国では締結前に特区を設けて米国との協定内容を前倒しで行なっていた。仁川(インチョン)、光陽(クァンヤン)、釜山等に医療特区を設けて自由診療の医療を始め、外資系の株式会社の病院を誘致していた(1p97,2p185,2p288)。サムソンやヒュンダイ等の財閥系企業が米国の保険会社と並んで民間医療保険を手がけていた(1p97)。けれども、FTA締結後には韓国の国民皆保険が適用されない株式会社経営の病院の参入を認める(1p85,1p87)。米国資本による病院を認め、自由診療も解禁し、外資系民間医療保険を導入するなど、米国の言いなりになってしまったのである(2p288)。

以前から危惧されていたISD条項

 韓国では米韓FTAを締結する前からISD条項が問題とされてきた(2p266)。米豪FTA交渉の時には、オーストラリア政府の要求によってISD条項を外すことができた。このため韓国政府もISD条項の除外を申し入れていた(2p267)。「オーストラリアは交渉合意で外しているではないか。韓国も外して欲しい」と食い下がったという(1p200)。けれども、米国からは一蹴されてしまった(1p200,2p267)

 そこで、韓国政府は国民に対してはこう説明した。

「韓国は先進国であるからFTAを締結しても訴えられることはない。むしろ、発展途上国に企業が投資するときに、ISD条項を有効に活用して国の利益を守ることができる(1p99)。先進国である韓国は米国から訴えられることはない」と胸を張って見せた(1p200,2p267)

 けれども、FTAを締結して1年も経たないうちに、米国系の私募債ファンド、ローンスターからISD条項で5500億円の損害賠償を求められてしまった(1p99,1p200,2p267)。韓国外換銀行の株式を韓国国民銀行に売却しようとしたときに、政府からの売却許可が2ヶ月遅れたために損害をこうむったというのである(1p99,1p201,2p267)

ISD条項によるエコカー減税の廃止

 また、当時、韓国政府は地球温暖化に備えて、二酸化炭素削減のためにエコカー対して補助金をつける法案を提出するばかりであった。けれども、米国の自動車業界からエコカーに補助金をつけるのは米国車の売を不当に妨害するものであってISD条項にふれるものだと事前に圧力がかかったため、これを中断せざるをえなかった(1p99,1p201,2p267)

 いま、韓国では米国の安全基準をパスしたものはそのまま輸入できる。メーカーごとに2万5000台は輸入されることになっている。そして、韓国の排ガス基準は引き下げられた(1p89)

儲からなければ訴えられる間接収用

 このように、韓国は米国の制度にならって国内法63も変えなければならなくなった(1p96,p198)。もっとも、63本というのは政府の発表であって徐尚範(スォ・サンブォン)弁護士によれば、弁護士会の調査ではすでに180本の国内法が変えられているという(1p198)

郭洋春s.jpg また、韓国法務省が最も問題視しているのは、「間接収用」である。立教大学経済学部の郭洋春教授(カク ヤンチュン,1959年〜)によれば、たとえ、米韓FTAに違反していなくても、韓国に進出した米国企業にとって国内事情によって期待した利益があげられなければ、米国政府を通じて損害賠償ができるという。つまり、米国企業が何らかの不自由を感じ、期待した利益をあげられなければ政府を通じて損害賠償を求められるのである。そして、これは地方自治体に対しても同じことができるのである(1p202)

 あらゆる問題がISD条項によって訴えられるリスクがあり、かつ、賠償額が巨大であることから、立法から行政までが萎縮してしまう恐れもある。さらに、韓国憲法においては所有権の収容は厳格に規定されているにもかかわらず、「間接収用」については規定がない。このため法体験を混乱させ、かつ、憲法に違反する疑いすらある(2p268)。このため、韓国では2011年12月、167名の裁判官が米韓FTAは、ISD条項によって国家主権が損なわれ、憲法上認められている司法権の独立を侵害するものであるとして、韓国の大法院(日本の最高裁判所)に不服申請をしている(1p98,2p268)。いま、韓国は米国に再交渉を求めている(1p203)
(2018年1月8日投稿)
【画像】
ソン・ギホ弁護士の画像はこのサイトより
ウェンディ・カトラー女史の画像はこのサイトより
キム・ヨンジン元農林部長の画像はこのサイトより
北朝鮮の画像はこのサイトより
イ・ミョンバク元大統領の画像はこのサイトより
パオ・ウオンスン市長の画像はこのサイトより
ジル・セラリーニ教授の画像はこのサイトより
郭洋春教授の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) 山田正彦『TPP秘密交渉の正体』(2013)竹書房新書
(2) 山田正彦『アメリカも批准できないTPP協定の内容はこうだった!』(2016)サイゾー
posted by José Mujica at 12:32| Comment(0) | TPP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする